文字サイズ
  • SNS公式アカウント
  • YouTube
  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram

学長からのメッセージメイルマガジン「EPISTOLA」

No.34「平和は人類の相互尊重と連帯の倫理による」

2020年1月15日

新年のお慶びを申し上げます。
年の初めに、昨年訪日された教皇フランシスコが長崎・爆心地公園で行われたスピーチ()を読み直してみました。

それによれば、爆心地公園に立たれた教皇は、人びとが心から願う世界の平和や安定は、核兵器や大量破壊兵器を所有することによっては得られないことを繰り返し訴えています。そして、兵器は「恐怖と相互不信を土台とした偽りの確かさ」しかもたらさず、「人と人との関係をむしばみ、相互の対話を阻んでしまう」ものだと断言しています。このフランシスコの言葉の背景には、1963年に当時の教皇ヨハネ23世が、真の平和は軍備の均衡ではなく、相互の信頼の上にしか築くことができないと述べていたことがあります。フランシスコ自身、国際的な平和は、「現在と未来のすべての人類家族が共有する相互尊重と奉仕への協力と連帯という、世界的な倫理によってのみ実現可能となります」と主張しています。

また、フランシスコは、2015年の国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の達成にも言及しており、この「人類の全人的発展という目的を達成するため」の具体的案として、1964年に当時の教皇パウロ6世が発言した、防衛費の一部で基金を作り、貧しい人々への援助に充てるという提案を思い起こさせています。

そして、これらの信頼関係と相互の発展を確かにする構造を作り上げるために、各国の指導者に協力を呼び掛けるのみならず、ここにいる、すなわち彼の声を聴く、私たちの皆が、新しい仕組み作りにかかわっている、また必要とされていると呼びかけています。

このような、フランシスコの語り掛ける相手を差別しないで、目の前にいる一人ひとりに公平に呼びかける手法は、すべての人と食卓を共にしたナザレのイエスの対人関係、「隣人を自分のように愛しなさい」と教えたイエスの対人関係を、私たちに思い起こさせてくれます。

そして、フランシスコは、自身があやかろうとした聖人アッシジのフランシスコに由来する平和を求める祈りが、宗教の帰属性を超えて、私たち皆の祈りとなることを確信しつつ、つぎのように唱えています。

主よ、私をあなたの平和の道具としてください。
憎しみがあるところに愛を、
いさかいがあるところにゆるしを、
疑いのあるところに信仰を、
絶望があるところに希望を、
闇に光を、
悲しみあるところに喜びをもたらすものとしてください。

EPISTOLA読者の皆さんはご存じかもしれませんが、この平和を求める祈りを、南山大学は年間行事のピークともいえる卒業式の中に取り入れています。本学を巣立つ学生が、「人間の尊厳のために」という教育モットーとともに、平和を求める祈りもその心に刻んで、世界中で活躍することを期待しています。

カトリック中央協議会のWebページ(「教皇の日本司牧訪問 教皇のスピーチ 核兵器についてのメッセージ 長崎・爆心地公園 2019年11月24日」2019年12月31日付)を参照。

南山大学長 鳥巣 義文

発行人:南山大学長
発行 :南山大学学長室 (nanzan-mm-admin@ic.nanzan-u.ac.jp