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学長からのメッセージメイルマガジン「EPISTOLA」

No.30「夏の思い出から」

2019年9月18日

今年の夏も、各地で気温30度を超える日が続きました。皆さん、いかがお過ごしでしたか。私は8月の数日間、静岡県三島市に滞在しました。名古屋に劣らず暑かったです。その中の一日、三島スカイウォークにある全長400メートルの吊り橋へ出かけてみました。富士山がとてもよく見えました。真夏なので、山頂に雪は積もっていませんでしたが、雲の上に頭を出した富士山のワンショットが撮れました。また、別の日に、隣の伊豆市にある修善寺へ足を延ばしました。桂川沿いの竹林の小径を散策していると、しばらくの間は視覚的にも涼しげですが、食事処や土産物屋などが立ち並ぶバス通りへ出てしまうと、現実の暑さが戻ってきました。

続く猛暑の中、外出を控え、日焼けして少しヒリヒリする手足を休めて、名古屋から持参していた数冊の文芸書を読むことにしました。手に取った本の一つは、7月半ばに第161回直木賞を受賞された大島真寿美さんの『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』でした。私には本学の卒業生が受賞の第一報を伝えてくださいました。その折に、大島さんが南山短期大学人間関係科のご卒業と伺い、連絡をくださった卒業生と二度喜びを分かち合いました。

吊り橋から見えた富士山

私が人形浄瑠璃という伝統芸能を意識したのは、何年か前に、淡路島観光をした折に、南あわじ市福良の町で淡路人形座の傍を歩いた時くらいです。馴染みがなかったので、手に取った本の表紙に書かれたタイトルを見ても、「渦」と「魂結び」は言葉として分かりましたが、その間にある7文字が何を意味しているのか分かりませんでした。それでも、三島の涼しい部屋の中でページをめくり始めると、始まりから興味深い展開で、どんどん読み進めることができました。

EPISTOLA読者には、これから同書を読もうとされている方もいらっしゃることでしょうから、内容に立ち入ることは避けます。浄瑠璃素人の私に印象的だった点は、大島さんが描く物語に登場する浄瑠璃作者たちの交流をとおして、この作品自体が少しずつ豊かになり、完成していくことでした。彼らはそれぞれ先達から浄瑠璃を書くための鍵や手本を受け継いでおり、彼らの交流を介して作品が豊かになっていきます。時には、浄瑠璃作中人物が浄瑠璃作者に現れて、いまだ見知らぬ世界について語り始めます。「三千世界」の章に入ると、様々なキャラクターが時空を超えて語り合うようになります。「操浄瑠璃、今は文楽、ていわれてますのやで。」()のくだりでは、大島さん自身が作品の中に入り、今を生きる私のような素人に解説してくださっているような気持ちになりました。また、大島さんが、登場人物ごとの語りをカッコでくくることを時々やめて、人々のやり取りを、ご自分の頭の中に見えるままに一気に書き進めていかれているのは、私にとって新鮮な手法でした。

ちなみに、南山短期大学同窓会(南翔会)は、2012年に、南山大学同窓会に統合されています。また、卒業生の皆さんのご活躍をお知らせください。

大島真寿美『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(文藝春秋、2019年)352頁

南山大学長 鳥巣 義文

発行人:南山大学長
発行 :南山大学学長室 (nanzan-mm-admin@ic.nanzan-u.ac.jp