YAMAZATO60
学部長が語る南山大学
Faculty of Humanities
「迷ったら、立ち止まって悩んでいい」
人文学部長
川浦 佐知子
KAWAURA Sachiko
縁に導かれた現在地
鮮やかなビーズや花のモチーフがあしらわれたショール、素敵ですね!
川浦氏
「パウワウ」と呼ばれるアメリカ先住民の祭事の際に女性が羽織る、手作りのショールです。これは現地で知り合った友人からいただいたものですが、ショールは作り手によって一つひとつ絵柄が違い、それぞれのモチーフに意味が込められています。アメリカ留学中1990年代半ば、アメリカ先住民の保留地を訪ねたことをきっかけに始まった先住民の人たちとの交流は、「研究」という枠を超えて私の人生に深く浸透しています。彼らの伝統的な儀式や催事には、「Give Away」の精神が埋め込まれています。与えあう行為の循環が、共同体のつながりを深めているんです。
先生の所属は「心理人間学科」ですが、「人類文化学科」なのかなという印象で‘ギャップ萌え’しています(笑)。さっそくですが、先生ご自身の南山ストーリーをお聞かせいただけますか?
川浦氏
出身は名古屋です。南山高校女子部を卒業後、南山短期大学人間関係科へ進みました。その後、広告代理店に就職して社会人経験を積みましたが、心理学の勉強を続けたいとアメリカへ留学。背中を押してくれたのは、短大時代の恩師の励ましでした。博士課程を終えて1998年に帰国。母校で教員生活を始め、2000年の改組を機に南山大学人文学部心理人間学科所属となりました。「山里キャンパス」で四半世紀を過ごしたことになりますね。
学生時代をどう使うか
歴代のゼミ生との交流などはありますか?
川浦氏
先日も卒業生が研究室を訪ねてくれました。それぞれ活躍していて、その仕事ぶりを聞かせてもらって嬉しかったです。すごく励まされました。私自身、短大時代の恩師に卒業後も相談をさせていただいたり、助言をいただいたりして大変お世話になったので、その恩送りを学生たちにできたらいいなと思っています。ゼミでの関わりは2年間という限られたものではありますが、そのなかで一人ひとりとしっかり出会っていきたいと思っています。
コロナ禍を経験した今の学生の皆さんは、まだ苦しい状況にあるのではないかという気がしています。さまざまな「特例」を経験した後、「元に戻ります」と言われても、ついていけない気持ちがどこかにあるかもしれないですよね。以前は学生を叱咤激励することが多かったのですが、今は状況が違います。大学在籍期間に比べたら、卒業後の人生の方が圧倒的に長い。立ち止まって考える時間が必要なら、そのことでむやみに自分を責めないでほしいと思います。社会に出る前に、自分が感じていることや考えていることをしっかり掴んで、自分の道を拓いていってほしいと願っています。
そのために心がけていることなどはありますか?
川浦氏
「よく聴く」ことでしょうか。例えば卒論が進まない学生には、何に困難を感じているのかを尋ねて耳を傾ける。卒論作成上のテクニカルな問題なのか。あるいは進路についての不安が障壁となっているのか。正直に話してくれれば、その状況にどうアプローチしたらいいのかを一緒に考えることができます。私が学生であった時代とは違って、今は比較対象となる生き方や在り方がSNS上に無限に溢れている。情報量が多く、選択肢も多いので、心が休まりませんよね。
自分の判断軸を決めないといつまでも迷い続けることになりそうですね。
川浦氏
迷ったら「一度立ち止まって悩んでいい」と私は思います。要領良く世渡りする術を探すのではなく、不器用でも‘全集中’して何かに取り組んでみる。成功、失敗という結果ではなく、全力で取り組んだ体験はその人に輝きを与えてくれると思います。
私の推しスポットは
今回のプロジェクトテーマである「Beautiful Campus」にちなんで、キャンパスでのお気に入りの場所を教えていただけますか。
川浦氏
「本部棟北側の出入口から見るグリーンエリア」の風景が気に入っています。細やかな楓の葉の重なり越しに、広々としたパッへスクエアが見えます。朝ここでコーヒーを飲んだら最高だろうな、と通るたびに思います。出入り口脇にあるコンクリートのベンチも、私に「座っていきなよ」と語りかけてくれている感じがします。
先に公開された副学長対談でも、アントニン・レーモンド氏がキャンパスの随所に「思索に耽る場所」を散りばめて設計した、と話題にのぼっていました。
川浦氏
レーモンド設計の素晴らしさもさることながら、その基にあった「山里キャンパス」創出を支えた‘想い’が60年間、脈々と受け継がれてきたことに感銘を覚えます。想いに共鳴した人たちの営みがあって、時間的つながりや、空間的統一感を感じられる今日の「山里キャンパス」があるわけですから。古くからこの地域にお住まいの方から、この丘には戦時中、高射砲が設置されていたと聞いたことがあります。私たちが今、キャンパスで目にする美しい銀杏や楓、樫などの木々も、先人たちがよく考えを巡らせて植栽されたものなんですよね。
「確かさ」を次代へ
「Nanzan Mind」についてはどうでしょう。
川浦氏
まず、職員の方々に敬意を表したいですね。大学運営を高い水準で維持していくことは、並大抵のことではないと思います。職員の方々には、南山大学で働くことに誇りを持ってくださっている方が多いと感じています。私たちは「ブランド」という言葉に集約してしまいがちですが、私はそれをある種の「確かさ」と表現する方がしっくりくる気がしています。社会から寄せられる信頼に代々の大学運営、大学教育に関わっていらっしゃった方々が応えようとされてきた。その積み重ねがあって今がある。言葉にするのは難しいですが、継承の精神が息づいているように思います。
積み重ねてきた信頼、確かさというのは目に見えないものですものね。その根底に流れているのが「Nanzan Mind」なのかもしれませんね。
川浦氏
学生の皆さんが日々過ごすキャンパスには「神」や「祈り」にまつわるモニュメント等があります。大学生活の大きな節目となる入学式や卒業式には、皆さんの人生の道行が実り多いものとなるよう、祈りが捧げられます。本学の教育モットーである「人間の尊厳のために」というフレーズを、私たちは日々口に出して語るわけではない。学生時代をこのキャンパスで過ごすことの意味は、社会に出て何年か経ってから気がつくものなのかもしれません。緑豊かで解放感が感じられるキャンパスは、学生たちの思いや願いを受けとめ、緩やかに包んでくれる。そうした包容力を持つ「山里キャンパス」を味わいながら大学生活を送ってほしいですね。
人文学部長の川浦先生をトップバッターに迎えて始まった学部長インタビューは、研究内容のご紹介に始まり話題も多岐にわたりました。学生のことを想う先生の眼差しは鋭くも温かく、こういった恩師との出会いも学生時代ならでは、と感じたひとときとなりました。
Profile
人文学部長
川浦 佐知子 教授
専攻分野
アイデンティティ研究、質的研究法
主要著書・論文
- 「先住民の保留水利権と「文明化」―合衆国最高裁判決と先住民主権の未来」『アメリカ研究』第57号(2023)
- 「生きる縁としての歴史ーノーザン・シャイアンの「帰還」」『歴史との対話』樋口映美編著・共著 彩流社(2023)
- 『アメリカ先住民を知るための62章』阿部珠理編著・共著 明石書店(2016)
- 「部族主権の記憶と合衆国史への反駁―ノーザン・シャイアンの史跡化営為」『アメリカ研究』第50号(2016)
将来的研究分野
北米先住民の集合的記憶
担当の授業科目
「質的研究法Ⅰ・Ⅱ」「知識・言語と情報社会:知識の探求(21世紀のコスモロジー)」他