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南山大学の「ここ」を未来に届ける
『南山大学をはなす』

教員座談会 vol.1番外編

経営学部・経営学科 余合 淳さん
理工学部・データサイエンス学科 小市 俊悟さん
社会倫理研究所 森山 花鈴さん

教員座談会 vol.1番外編
「研究クロストーク~ここだけの話~」

『YAMAZATO60+』教員座談会vol.1の本編に収まりきらなかった内容を「研究クロストーク」としてお届けします。経営学部の余合先生×社会倫理研究所の森山先生×理工学部の小市先生、3名の興味・関心はどこで交わるのでしょうか。

聞き手

コピーライター 村田真美
(株式会社mana)91B154

取材日

2025年6月10日

本編を未読の方はこちら

一期一会なトークセッション

余合先生の自己紹介に出てきた「歯科衛生士さんのキャリアを調べる」研究について、もう少しお聞かせいただけますか。歯科衛生士とは、歯医者さんで医師とは別に口の中を綺麗にしてくれる方々のことですよね。なぜピンポイントで「歯科衛生士のキャリア」を研究対象に選んだのでしょうか。

余合

歯科衛生士は99.9%が女性だと言われていて、彼女たちは結婚や出産で辞めることが多く、定年まで続ける方は少ないと言われています。資格はあるのにそれを使って働いていないいわゆる潜在歯科衛生士は十数万人もいるんです。長期的に就業継続可能でないのはなぜなんだろう、と思ったことがきっかけで調べてみようと思いました。昨今の女性活躍推進の研究に関して言えば、「日本の男性社会の中で」女性の管理職比率をどうやってアップするか、を考えるケースがほとんどです。でも歯科衛生士の世界は女性ばかりなので、そもそもジェンダー不平等、昇進に不利であるとか、そういった問題は発生しないはずです。専門性の高い技術職であるにも関わらず、なぜ?と思ったことが出発点です。

歯科衛生士って国家資格ですよね。

余合

そうです、看護師同様に国家資格です。でもベテランの看護師さんはイメージできるけど、ベテランの歯科衛生士さんってあまりイメージできなくないですか?ということは、職業としての社会的認知が低く、就業寿命が短いところがあるんです。ポテンシャルがあるのにすごくもったいない。「人的資本投資」というんですが、歯科医院という小規模事業所が集まる業界では、人材育成のためにお金をかけて専門性を磨く教育が行われにくい、という現実があります。

「歯科衛生士のキャリア」を研究対象とする、ということは、現代の日本社会の課題がギュッと凝縮されているということなんですね。

余合

アメリカでは資格を持った技術者は、男性女性に関わらず自立した職業として社会的認知も高い。日本では男性社会の中で「リケジョを増やす」「女性管理職を増やす」「子育てしながら働くには」と対策を立てることとは別の視点として「職業観」という他の職業にも応用できる観点に注目しました。

森山

余合先生のお話を聞いて、南山大学にも当てはまる部分があるのでは?とちょっと思いました。教員は女性が他の大学に比べると多いとはいえ、まだまだ少なく、職員は女性が多いけれど管理職は男性が占めているな…とか。

余合

職員さんは、有期契約など、契約形態の違いもありますよね。女性活躍の話をたどっていくと、ネガティブにやり始めている企業がもともと多くて、、、これをポジティブな発想で動かしていくにはどうしたらいいんだろう?といつも考えています。「ダイバーシティ&インクルージョン」を考えた時、経営学の視点だと「民間でこれをどう実現していくか」という世界なのですが、森山先生にお尋ねしてみたいのは「政治的、政策的な観点からだと、どんな議論ができるのか」ということ。ご意見お聞かせいただけますか?

森山

私が研究する範囲では、法制度をどうするか、もしくは法以外の制度をどう設定すればそれをやりやすくなるのか、という観点でアプローチするので、民間企業の場合は「どういう助成金があれば政策を実現できるのか」「どんな法制度や通知があれば実現できるのか」と考えていきます。例えば自殺予防というテーマの場合、企業は「自殺対策をやってほしい」と言われてもすぐには対応が難しいと思うのですが、どうすれば実現できるのかを考えていきます。また、メンタル不調の社員が企業にいた場合、経営的な理論からすれば辞めてもらうことが一見、最適解になってしまうと考える場合があるかもしれないけれど、「そうではない」と、どうやったら言えるのか。自殺対策の場合は「自殺対策基本法」という法律があり、法律があればそれによって自治体にも自殺対策を行う責務ができ、助成金が自治体につくようになり、それを財源に啓発や支援が進む、というような流れができています。

私の考えとしては、いきなり法制度を変えたりして大きな変化を起こそうとするのではなく、「気が付いたら浸透している」というのが理想かな、と思っています。そのため、徐々にどうやったら変えていけるかを政治学の観点から研究しています。私がたまたまではありますが国の孤独・孤立対策の審議会に入れていただいたり、名古屋市の自殺対策協議会に参画していたりするのは、現場の声を届け、少しずつ草の根活動を拡げていきたい、という考えからです。

余合

経営学の理論では、「パフォーマンス管理」と相反するかもしれない「公平性」とのバランスをどうとっていくのか、という議論になると、「働きやすい企業は世間の評判が良くなるから、公平な方が最終的には儲かりますよね」という理屈になります。それ以外の強い動機付けになるヒントがあるのかなって。

森山

難しいですけど、「規制をすると反発が起きる」ことがあるので、やはり「じわじわ変えていけるか」がポイントではないかと思います。でも余合先生のように、「難しいけど、どうやったら変えられるのかな」という視点を持つことって、教育の場面ではとても大切だと思います。

南山の学生が素直だという話がありましたが、偏見を持っていないからこそ森山先生の自殺予防の話もフラットに聴けるのではないかと、お二人のやり取りから感じました。根っこに、教育への真摯な情熱がある。

森山

自殺するのは心が弱いからではないか、と学生が決めつけてしまっていたら、多分私の話も心に入っていかないと思います。でも南山では「なぜ自殺が起こるの?」という質問を学生が私にぶつけてくることもありますし、聴く姿勢を持てるというのは、南山生のすごいところかな、と私は思います。時々、「この授業を受けることをお母さんに心配されたけど、私は先生の話を聴く」と言ってくれる学生さんもいて、残念ながらまだ偏見も多いこのテーマに、自身の軸を持って判断できる彼らを頼もしく思います。

森山先生は、NHKの番組「日曜討論」にもご出演されたりしています。話す際に、言葉について配慮されたりしているのでしょうか。例えば「自殺」というインパクトのある言葉がこのトークセッションでも頻出しました。

森山

使う状況によって、自死という言葉を使うこともありますが、私自身は言葉を変えるだけでは、何か解決するとは思っていなくて、むしろその言葉自体のイメージを変えていかなくてはいけない、と思っています。でも本当に難しいです。

余合

経営学とは別の視点を持つ研究者とこうやって議論するのは面白いですね。今日の出会いを機に、これからも意見交換をさせてください。

小市

森山先生は、政策提言よりも「すでにある政策をいかに改善していくかの手段」が研究の中心、ということですか?

森山

はい、もともと政治学が専門領域なので、研究は小市先生のおっしゃる通りなのですが、個人的には「提案する方」に関心が強いんです。ですから、審議会などでも僭越ながら可能な限り発言をしています。私は元々研究している、「政策過程論」としてのプロセスの部分を分析したうえで、自身が実務家として動くときはそれを活用して、提言につなげたいと考えています。

小市

自殺という事象は、ドライな言い方をすると再現性が難しいじゃないですか。データサイエンスの話で言うと、そもそも科学というのは「再現できることをやっていく」という世界なんですね。ところが社会でいま求められているのは、「決して再現できないようなことに対していかに対策するのか」というのがあるので。そういう意味で、再現が難しいことを研究するっていうのは、どういうことなのかな、と思って。

森山

おっしゃる通り、亡くなった方が生き返ることはありませんし、亡くなった方がどうして亡くなったかは分からない部分も多いし、本当に人それぞれのご事情があります。

余合

シチュエーションを変えると、経営学の世界でも似たようなことがあります。例えば私も離職の研究をしていた時に思ったんです。最終的には、本当の離職理由は辞めた人にしかわからない世界だと。勤めている人に「どうやったら辞めないですか」と聞いても真理にはたどり着けないんじゃないかって。小市さんが「再現性」というお話をされましたが、私は学生時代から文系と理系の違い、例えば芸術や文学の世界、あるいは自殺のような社会問題は、過去を丹念にたどるしか基本的にはないので、どうしても文系の限界があるなと感じていました。再現性という意味では、理数や自然科学の方が決定係数が高いので正確に予測が可能だな、と。一方で、再現性は低くとも重要な、哲学や倫理のように普遍的な世界もある。経営学は「どちらの世界も知っておくように」と言われるので、私は「どっちの世界で生きていけばいいんだろう」とよく悩んでいますね。

政治学だけでなく哲学や倫理、社会学の観点からの森山さん、かたや「どう証明するか」という観点の小市さん、お二人のやり取りがとても興味深かったです。

森山

政治学でも、「エビデンス・ベーストの政策をどうするか」という話になります。でも「実際に悩んで苦しんでいる人がいて、目の前に政策課題があるのに、再現性がないから放置するのか、というと、そうではないのではないか」という葛藤がずっとあります。とはいえ何か解決策があるかもしれないので、私は研究を続けています。自殺の問題は経済動向でも左右されたりするので、全く同じ状況を再現するのは難しいです。それこそいろんな分野の先生方、研究者も関わりながら、「ではどうすれば減らせるのか」を考える、それができる場が、ここ南山だった、というのが私の現在地です。ぜひ先生方も研究に協力していただけると嬉しいです。

専門領域の違う先生方が交わると、このように複眼的な議論が生まれるんですね。面白かったです。この座談会が実現していること自体が「Nanzan Mind」なのではないか、と改めて思いました。

座談会メンバー紹介