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南山大学の「ここ」を学問する
『南山大学をはかる』

大学の「見える」を測る

総合政策学部 総合政策学科

大八木 英夫 教授

OYAGI Hideo

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1. 大学の「水」をはかる

本企画「南山大学をはかる」というお題を受けたとき、まず立ち上がったのは、「何を測ればよいのか」という問いであった。筆者の専門は、自然地理学の中でも水文学を基盤とする、「水を測る」研究である。そうであれば、まずは南山大学の水を見てみたいと考えた。南山大学で水といえば、パッヘスクエアの噴水や水道水を思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし実際には、大学構内には井戸が存在する。コパンやG棟のトイレなどで、「井水」「飲料禁止」と記された表示を目にしたことのある人もいるだろう(図1)。井戸水があるのに、なぜ「飲料禁止」なのか。不思議に思う人もいるかもしれない。井戸水そのものが直ちに危険である、という意味ではない。だが、水道水のように法令にもとづく検査や管理が継続的に行われているわけではない以上、「飲料」として扱うことはできない。一定の基準を満たしていることが確認されていない水は、たとえ見た目に問題がなくても、飲用に適するとはみなされないのである。

図1 学内に掲示されている「井水」・「飲料禁止」の表示

本来であれば、専門家としてこの井戸の水を実際に測ってみたい。地下水は地中を連続的に流動する水であり、その量や動きを把握するには、水温や水質を継続して観測する必要がある。しかし、そのためには相応の機器と分析体制が求められる。大学内だけでそれを完結させることは容易ではない。しかも準備を進めていた矢先、その井戸が故障したと聞いた。測れるときに測っておくことの重要性を、ここであらためて痛感した次第である。ただし、このことは単に「測れなかった」という話では終わらない。井戸の存在それ自体が、南山大学という場の防災上の意味を考える手がかりにもなるからである。なお、井戸の修復や新設は、研究上の要請にとどまるものではない。災害時の代替水源の確保という観点からも、大学の社会的機能を支える設備として検討に値するであろう。

そこで本稿では、南山大学の水を直接測ることに限定せず、別の角度から大学を「はかる」ことにしたい。その手がかりとして選んだのが、「見える/見えない」という視点である。筆者は2019年4月に南山大学に着任した。関東で長く生活してきた筆者にとって、冬の景色に富士山を欠くことは、当初どこか不思議な感覚を伴っていた(図2・図3)。その一方で、研究室のあるQ棟からは、御嶽山の積雪を視認することができる。こうした経験は、名古屋という場所の実感を少しずつ更新する契機となった。「何が見えるのか」「何が見えないのか」は、その場所をどう認識するかと深く関わっているのである。

図2 Q棟6階から西方の遠景。市街地の奥に、鈴鹿山地方面、関ヶ原、伊吹山を望む。
図3 Q棟6階から北方の遠景。御嶽山、中央アルプス、猿投山方面を望む。

2. 大学が「みえる空間」をはかる

では、南山大学はどこから見えるのであろうか。この問いを考えるために、GIS(地理情報システム)を用いた可視領域分析を行った。可視領域分析とは、ある観測点から見通しが成立する範囲を、地形データにもとづいて推定する手法である。今回はQGISの公開プラグインを用い、南山大学側の観測点としてQ棟上部を代表させる条件を設定し、可視・不可視を判定した(図4)。

図4 南山大学(Q棟6階以上、地上約30m相当)からの可視範囲

その結果、伊勢湾の海上から南山大学が「見える」可能性が、理論上は示された。ただし、ここでいう「見える」とは、あくまで地形のみを前提とした場合の可視性である。現実には、樹木や建物、大気条件などによって視界は容易に遮られる。実際、解析上では可視と推定された平和公園(名古屋市東部丘陵地域の千種区・名東区)の地点に赴いたところ、樹木が視界を遮り、大学施設を確認することはできなかった。しかし、この不一致は失敗ではない。むしろ、地形にもとづくモデルと、現地における実際の景観とのあいだにある差異を明確に示すものである。「はかる」とは、単に値を得ることではない。その値がどのような前提のもとで導かれたのか、不確かさを含めて示し、解釈可能なかたちで提示する営みでもあると考える。可視領域分析の結果と現地の状況とのずれは、測定や分析において何が前提となっているのかを意識させるという点で、むしろ成果である。こうして「見える」範囲を考えてみると、次には「どこから来ることができるのか」という別の問いも立ち上がる。見えることが空間的なつながりを示すのであれば、到達できることもまた、大学を取り巻く別の空間構造を映し出すからである。

3. 大学への「時間と距離と到達可能性」をはかる

そこで今度は、1限(9時10分)に間に合うことを条件とし、八事日赤駅に8時50分頃到着すると仮定して、南山大学への到達可能圏を考えてみた。その結果、西は倉敷駅(岡山県)、北は下呂駅(岐阜県)や中部天竜駅(静岡県)、南は賢島駅(三重県)、東は千葉駅(千葉県)などが抽出される(表1)。ほかにも、和歌山駅(和歌山県)、関西空港駅(大阪府)、青梅駅(東京都)、川越駅(埼玉県)なども範囲に含まれる。いずれも始発、すなわち早朝5時台に出発した場合である。ここで可視化されるのは、地図上の距離と、移動時間としての距離とが必ずしも一致しないという事実である。地図の上では遠く見える場所でも、交通網によっては比較的短時間で到達できる。一方で、直線距離は近くとも、交通の接続によっては時間がかかる場合もある。大学という場所を考えるとき、物理的な距離だけでなく、時間として経験される距離を視野に入れる必要があるのである。

もちろん、実際には列車のダイヤは変動し、特急や新幹線を利用するかどうかによって条件は異なり、費用も一様ではない。したがって、ここで示した結果は「毎日無理なく通学できる範囲」をそのまま意味するものではない。あくまでも、一定の前提条件のもとでの到達可能性を示す指標である。それでもなお、大学を取り巻く空間構造を考えるうえで、時間距離を地図化することには意味がある。さらに、現代社会においては、移動手段の選択を時間や費用だけで考えることはできない。気候変動への対応が求められるなか、移動に伴うCO₂排出量もまた、無視できない指標となるだろう。

表1 各駅(事例)からの出発時刻・到着時刻・距離・費用の概要

出発駅 出発時間 到着時間 距離 費用 備考
倉敷 5時34分 8時41分 395.2km ¥11,010 岡山-名古屋は新幹線利用
下呂 5時34分 8時21分 112.5km ¥2,250
中部天竜 5時21分 8時34分 144.5km ¥3,900 豊橋-名古屋は新幹線利用
賢島 5時40分 8時47分 154.5km ¥3,980 鳥羽-近鉄名古屋は特急利用
千葉 5時35分 8時53分 418.7km ¥11,420 東京-名古屋は新幹線利用

注:いずれも到着時刻を優先し、その条件下で比較的安価(割引制度は利用せず)な経路を抽出した。新幹線の料金は自由席を用いた。

4. 大学の「見える」をはかり、防災と備えにつなげる

ただし、「はかる」という行為において最も重要なのは目的である。冒頭で述べたように、まず必要なのは、自分なりのテーマ設定、すなわち何を知りたいのかという問いである。闇雲に測ることそれ自体が直ちに無意味ではない。しかし、得られたデータをどのように活かすのかが問われなければ、「はかる」ことは単なる作業にとどまる。測定されたデータの使い方は、人によって異なるであろう。筆者は、本企画「南山大学をはかる」で試みたことが、南山大学における防災の取り組みへとつながるべきだと考えている。

2024年夏には、愛知県でも南海トラフ地震臨時情報が発表された。東日本大震災や能登半島地震では、津波、地形条件、インフラの脆弱性など、被害を深刻化させた要因はそれぞれ異なっていた。他方で、長期断水や衛生環境の悪化といった課題には共通する側面もあった。こうした点を踏まえるならば、南山大学の井戸が活用可能である場合、在学生や地域住民にとって、避難所としての大学の価値は大きく高まると考えられる。実際、名古屋市昭和区のハザードマップでは南山大学は指定避難所となっているが、地震関連の「災害応急井戸(事業所)」には記載がない。一方で、他大学については井戸情報が確認できる事例もある。地下水の管理や水質把握は、研究上のみならず、地域防災の観点からも社会的関心の高い課題である。南山大学がその拠点の一つとなる可能性は、十分に検討に値するといえる。

さらに、学生の通学地域という視点も重要である。南山大学には、愛知・三重・岐阜など各方面から学生が通学している。大学として、地域別の学生構成や、災害時における帰宅可能性を把握しておく必要がある。仮に南海トラフ地震が発生し、津波等の影響によって鉄道が運行停止となれば、授業中の学生がその日のうちに自宅へ戻ることは困難になる。とりわけ木曽三川をまたぐ鉄道では、帰宅が長期間困難となり、大学に滞在せざるを得ない事態も想定される。

その際、徒歩で帰宅可能な範囲が大学からおよそ10km圏内、時間にして2〜3時間程度であるのか、あるいは鉄道が一部復旧した場合に岐阜方面、尾張方面、三河方面のどこまで移動可能なのかといった見通しは、防災計画上の具体的な基礎情報となる。しかも、こうした条件は夏季と冬季でも異なる。暑熱や低温、降雨の有無によって、移動可能性も身体的負担も大きく変わるからである。それに伴い、学内にとどまる帰宅困難者や避難者の人数をある程度想定し、水や食料、衛生環境をどの程度確保すべきかを考える必要が生じる。予算や設備面で直ちに実現できないことがあるとしても、だからこそ、何を優先して備えるべきかを平時から検討しておく必要がある。

筆者の担当する環境関連の講義では、社会や災害・防災に関する情報を常に更新し続ける姿勢の重要性を伝えている。大学を卒業・修了した後も、自ら情報を調べ、更新し続けることは、社会の一員として不可欠な素養である。「南山大学をはかる」という試みを通して知り得たことは、単なる知的関心にとどまるものではない。得られた情報を、将来の判断や備えへどう結びつけるか。そこまで含めてこそ、「はかる」ことには意味があるのであると考える。

大学をはかるとは、何か一つの数字を出すことではない。井戸の水を測ろうとすることも、地形から見える範囲を考えることも、時間の上で到達可能な範囲を描くことも、いずれも南山大学という場を別の角度から捉え直す試みである。「見える」とは、単に目に入るということではない。どこにあり、どのような条件のもとで立ち現れるのかを考えることでもある。その意味で、「大学の『見える』をはかる」とは、南山大学という場所の輪郭をあらためて探ることであると同時に、その場所を将来にわたってどのように支えていくかを考えることにもつながるのであろう。

研究者インタビュー

Profile

総合政策学部 総合政策学科

大八木 英夫 教授

専攻分野

環境科学・自然地理学・水文学

主要著書・論文

  • 「涌池における湖水の理化学的特性とその形成機構」(単著、日本水文科学会2005年)
  • Seasonal changes in water quality as affected by water level fluctuations in Lake Tonle Sap, Cambodia”(共著, Geographical Review of Japan Series B, 2017年)
  • 名古屋市名東区猪高緑地・すり鉢池における水域の歴史的変化と水収支について」(共著、なごやの生物多様性2023年)

将来的研究分野・経済発展と環境

  • “水”を基軸として地球環境変動や人間活動が自然環境に与える影響について

担当の授業科目

「環境科学」・「環境と文明」・「生活環境学」