yamazato60 ~YAMAZATO Campus 60+

Share:

Facebook X

第67回上南戦実行委員会 学生インタビュー
実行委員長×広報チーフ

10年ぶりの総合優勝で幕を閉じた第67回上南戦。今年は、実行委員と体育会が一体となって大会をつくり上げていたことが印象的だったという声が多く聞かれました。上南戦を支えた実行委員の学生は何を思い、どのように仕事をしていたのか。表舞台に立った委員長から影の立役者である各部門チーフまで、実行委員の学生4名にインタビューをしました。

取材日

2026年7月17日(金)

今回は、実行委員長×広報チーフ編をお届けします。
「勝利の拍手」の裏側や、聖書の言葉、インフルエンサーコラボ、さらには上智大学の実行委員長との関係性まで、大会を支えた二人に幅広く語っていただきました。

左:上南戦実行委員長 小柴稜貴さん、右:上南戦実行委員広報チーフ 森土未悠さん

上南戦を終えて

上南戦、おつかれさまでした。
第67回上南戦を終えて、率直な想いを教えてください。

小柴

10年ぶりに勝って良かった!と、最初に思いました。同時に、自分が実行委員長を務めた大会が、全体を通して特に大きな問題もなく終えられて、ホッとした安堵の気持ちも大きかったです。

森土

私も総合優勝できてよかったな、というのが素直な感想です。今まで選手やチームの見えてこなかった努力が、総合優勝という形で表れたことがすごく嬉しかったです。

お2人はどのような場所で、10年ぶりの総合優勝が決まった瞬間を迎えましたか?

小柴

あと少しで総合優勝が決まる頃、自分はグラウンドで応援をしていたのですが、バドミントンの試合で4者協議※が必要になるとのことで、委員長として、体育館に呼び出されたんです。だから、総合優勝が決まった瞬間は全然知らなくて…
大会本部があるD棟に戻ったら、あれ、もう勝ってた!!?みたいな(笑)
その時に、体育会執行委員長の服部くんが本部にいたので、「やりましたね!!」と握手をしました。

森土

私は広報なので、本部で閉会式用のハイライトビデオを作っていました。次、あと1競技勝てれば総合優勝が決まる段階で、バドミントンの観戦に行っていた他のチーフの子たちが「勝った!」と言って戻ってきたので、みんなで「やばいやばいやばい」となりました(笑)

会期中の試合運営等において協議が必要な課題が生じた場合、両大学の教員・学生代表が集まり行う会議。

上南戦の印象に残ったこと

小柴さんは閉会式で「勝利の拍手」を演じたことが、すごく印象に残っています。そんな小柴さんが今回の上南戦のなかで、一番印象に残っているシーンは何ですか?

閉会式で披露された「勝利の拍手」

「勝利の拍手」の動画はこちら

小柴

本当にありすぎて、一番を言うのは難しいのですが…

やっぱり、閉会式の後に、教職員やOBの皆さんから「おつかれさまです」と声があがった瞬間ですかね。「勝利の拍手」が終わって、ステージから降りて、団員のみんなにありがとうを言いに行ったのですが、その時に、フラッテンホールの左右の座席から口々に「おつかれさまです」の声があがって、「ああ、やり遂げたんだな」と感じました。

わあ、聞いているだけで鳥肌が立ちました。
団員のみんなに「ありがとうを言いに行く」とはどのような気持ちからなんでしょう?私からしたら、小柴さんにありがとうを言いたいくらいです。

小柴

リーダー部の仲間たちにありがとうを言いに行きました。この勝利の拍手は、リーダーはもちろんキツいのですが、太鼓は動きを合わせないといけないし、バックは声出しが必要です。真ん中にいたのは僕だったけど、やっぱりそれを支えてくれた全員に感謝の言葉を伝えたかったです。

すごい。

実行委員長の役目について

そんな小柴さんはどうして上南戦実行委員長になったのでしょう?

小柴

実は、前任の服部くん(現:体育会執行委員長)とは、去年の上南戦を通して顔見知りで、後任がいない状態のときに「俺の後継ぎがいないんだけど、お前やる?」みたいな軽いノリで誘われて…僕も少しやりたい気持ちがあったので、「まじっすか、じゃあやります」と答えて、その場で委員長に決定しました。(笑)

あと、委員長になると、結団式などで、みんなの前に出て喋ることができるんです。自分の言葉で、みんなを奮い立たせることができる、総合優勝に近づけることができると思ったのも、委員長になった理由の1つです。

実際、委員長の仕事はどのようなものがありますか?

小柴

各チーフたちと違って、委員長の仕事として決まったものはそんなに多くないんです。ペナントを交換したり、横断幕を発注したりするくらい。でも、本来の役割は、全体の士気を高めたり、組織の方向性を定めることだと思っていたので、そういうところを中心に頑張りました。

決まった仕事がない、というのが一番難しかったりしますよね…。

小柴

だから、本もたくさん読みました。仕事に答えがないからこそ、それぞれの選択に指針を持っていなかったら、自分の選択に自信を持てないと思うんです。だから、本を読んで、自分の指針はこれだ!というのを決めて動いていました。

森土

小柴さん、すごく読書家なんですよ!

少し意外だったかも?!一番参考になった本はなんですか?

小柴

聖書の言葉で、大事にしている言葉があって…

…聖書!?

小柴

「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、 いちばん上になりたい者は、すべての人の僕(しもべ)になりなさい。」という言葉です。

委員長だからこそ、みんなのために動こうと、この言葉を常に指針にしていました。それぞれのみんなの動きに対して、感謝を伝えることはもちろん、みんなが今必要なものは何なのか、資源なのか、指針なのか、そういったことを常に考えていました。

…すごい。ちなみに聖書を読もうと思ったきっかけはなんでしょう?

小柴

僕は本を読むのが好きなんですけど、『罪と罰』などを書いた小説家のドストエフスキー、彼の小説のベースとなるのが聖書なんですね。キリスト教の世界観が存在して、小説が存在する。だから元となるところは読まないとな、と思って聖書を読みました。

まさか聖書の話が聞けると思わず、なんの話をしていたか忘れました(笑)
委員長の仕事、大変でしたか?

小柴

去年の12月の参加団体調査から始まり、7月に上南戦が終わるまで、上南戦関連の仕事のLINEが来なかった日が、3月に1日しかなかったくらいには忙しかったです。次の日にびっくりしちゃって、「あれ、俺、昨日大丈夫だった?」ってチーフのみんなに喋っちゃったくらい、常に忙しかったです。(笑)

そんな多忙な日々で「委員長をやってて良かった」と思った瞬間を教えてください。

小柴

委員長は自分の中で答えのない仕事で、たとえ答えがあったとしてもそれは唯一の答えではない…上南戦が全て安全に終わったとしても、これが本当に取れる最高の点数だったかなんて分からない。自分の仕事を本当に全うできたのか分からない中、解団式の後、飲み会に行く車中で、副委員長の加藤くんと話していて…「チーフ全員が、たとえば広報チーフだったら広報が今までになく成功していて、グッズはアンダーアーマーのTシャツ販売に挑戦して、完売させて。セレモニーは優勝パレードができたし、総務は熱中症対策が充分できたし…それぞれが仕事を全部成功させたね。」と話したんですよ。そしたら、副委員長が「だったら委員長は成功してるじゃん」と言って。その瞬間は「やってて良かったな」と思いましたね。

…エモい!青春ですね。

広報のお仕事について

それでは、続いて、森土さんのお話も聞かせてください。
森土さんは広報チーフだったとのことですが、そもそもはどうして上南戦実行委員になったのですか?

森土

私は他の実行委員のみんなより決まるのが遅かったんです。去年の9月から実行委員が発足したのに遅れて、私は年末に実行委員に入りました。元々は基礎スキー部の先輩が担う役職だったのですが、留学などが重なり、できなくなってしまったとのことで、当時の1年生で話し合って代わりを出すことになりました。元々上南戦実行委員に少し興味があったので、自分から手を挙げて、実行委員になりました。

他のみんなより遅れての実行委員のスタートは不安もありましたか?

森土

すごく不安でした。周りとのコミュニケーション方法がよく分からなかったのですが、4月に副委員長の加藤さんと2人で広報の話を詰めようということで3時間くらいミーティングをしたことが転機になりました。

3時間!!

森土

4限終わりに、図書館のNANTOルームで3時間。話し終わったら20時を過ぎていました(笑)

具体的にはどんな話を?

森土

インスタのフォロワーがどうしたら増えるかや、参加団体とのコラボをしたら南山としての一体感がでて、総合優勝を目指す機運が出るのでは、とか。当時600人くらいだったフォロワーは1000人を目指そう、という目標も立てました。

このミーティングが、実行委員の空気感を知る良い機会になり、自信もつきました。

今年の上南戦実行委員会のインスタはすごく見応えがありました。森土さんは元々広報の経験があったのですか?

森土

いえ、まったく。広報チーフという役職がすでに決まっていたので、広報を担当しました。今までやったことはなかったけど、ちょっと気になっていた仕事ではありました。

すごく完成度の高い投稿ばっかりだったので、意外でした。具体的にはどのような仕事をしましたか?

森土

主にInstagramの運用をしていました。リールも含めて、企画、撮影、編集、投稿をすべて自分でやっていました。
今年の5月末からは、土日も含めて毎日投稿していました。上南戦直前になると、1日2本投稿していました。

上南戦Instagramはこちら

同じ広報の立場から見ても、1人でその頻度の投稿は…ヤバいです。

森土

投稿の反応を見ながら、次の新しい撮影をして、編集をしていく、という感じでした。フォロワーの目標も立てていたので、達成するためには、投稿の企画に加えて、インプレッション数や、閲覧数などもずっと気にしていて、上南戦の存在を色々な人に知ってもらうためにはどうしたらいいか、24時間ずっと考えていました。
自分が投稿したものを見ることがもはや趣味になっていました。(笑)

インフルエンサーコラボもしていましたよね?

森土

元々、vision_campus.ngoの動画をInstagramで観ていて、すごく伸びていたので、この人たちに協力してもらったら、上南戦の存在をもっと広げられるのでは?と考えて、自分から交渉して、コラボも実現できました。

行動力がすごいです…!

上南戦とは

では、そんなお2人にとって上南戦とはどんなものでしょう?
まずは、森土さんから。

森土

私は「青春の1ページ」です。広報としてカメラを向けた時に、すごく青春だなと思いました。調印式の時にチーフのみんなが青空のもと歩いている写真がすごく好きで。空の色と緑と、みんなの楽しそうに話している背中の感じが沁みました。

1年生の時は知らなかったけど、いざ働いてみると、上南戦のために頑張っている人がたくさんいて。67回も続く伝統があるのもすごいこと。総合優勝のためにみんなが同じ目標に向かって行動していることもすごくかっこいいと思いました。

素敵です。
続いて、小柴さんは?

小柴

「愛」ですね。上智も南山もカトリックの大学で、その両校が戦って生まれてくるドラマや人の想い、そもそもスポーツは言ってしまえば人が生きていく上で必要はない余暇ではあると思うんです。でも、人はパンだけで生きるわけではない。そんなスポーツを通してぶつかり合うことは、人が生活していく営みの中で人を愛することだと思うので、上南戦は「愛」なのかなと思います。

深い…!
ちなみに、上智の皆さんとの関係性ってどんな感じなのでしょうか?

小柴

委員長同士は、ぶっちゃけ、バチバチしています。(笑)お互い、南山愛、上智愛が強すぎて。

上智の委員長の高木さんはフェンシング部なのですが、「応援団は点数稼げないじゃん」と言ってくるので、「あなたの競技、点数入る競技じゃないじゃん」と言い返しています。(笑)フェンシングの試合が終わった後に、わざわざ南山の本部の扉を開けて「フェンシング部勝ったよ」と言いに来たので、「あ、そうですか。」と。それくらいにはバチバチです。(笑)

仲良さそうにも聞こえるけど、バチバチしていますね!笑
では、最後に一緒に活動した実行委員の仲間にメッセージをお願いします、森土さん。

森土

いつも優しくかわいがってくれて、仲良くしてくれてありがとう。広報活動をするのにも仲間の協力なしでは成功しませんでした。撮影の時などは、恥ずかしがりながらも、私の無茶ぶりに応じてくれたり、アドバイスをくれたり。みんなのおかげで、より良いコンテンツを届けられたと思っています。学年や学部を超えて、本当に良い仲間に出会うことができました。ありがとうございました。

では、小柴委員長、最後に上智大学の皆さんにメッセージをお願いします。

小柴

勝利の喜びが大きいのは、その相手が心から尊敬でき、強い相手であり本気で向かい合える相手だったからだと考えております。来年は四谷での戦いです。上智大学のホームでの戦いです。団員として、観客を巻き込み流れを作り、ここが尾張八事南山大学なのではないかと錯覚するような応援をしたいと思います。来年も南山が勝ちます!

ありがとうございました!

総務チーフ×グッズチーフ編