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第67回上南戦実行委員会 学生インタビュー
総務チーフ×グッズチーフ

10年ぶりの総合優勝で幕を閉じた第67回上南戦。今年は、実行委員と体育会が一体となって大会をつくり上げていたことが印象的だったという声が多く聞かれました。上南戦を支えた実行委員の学生は何を思い、どのように仕事をしていたのか。表舞台に立った委員長から影の立役者各部門チーフまで、実行委員の学生4名にインタビューをしました。

取材日

2026年7月23日(木)

今回は、総務チーフ×グッズチーフ編をお届けします。
各団体への参加意向調査や熱中症対策、アンダーアーマーとのTシャツ制作など、表舞台では見えにくい部分から大会を支えた二人。多岐にわたる業務の裏側や、仲間への思いについて語っていただきました。

左:上南戦実行委員グッズチーフ 山本沙祐美さん、右:上南戦実行委員総務チーフ 福田あや乃さん

総務チーフのお仕事について

上南戦、おつかれさまでした。お二人は総務チーフとグッズチーフだとお聞きしました。
どんなお仕事を担当したのでしょうか?

福田

私は総務チーフを務めました。昨年11月の参加団体調査から始まり、教職員の方に役員選出のお願いをしたり、地域住民の皆様へのあいさつ文の作成、あとは、熱中症対策のルール作りや、各団体の競技ルールの取りまとめなどを行いました。

山本

私はグッズチーフでした。グッズを全部で4種類ほど作ったのですが、Tシャツやタオルのデザインから始まり、制作いただく企業への依頼、発注数の決定、実際の販売など、グッズ関連のことを担当しました。

お2人とも、聞いてるだけで大変そうなお仕事です!
もう少し具体的に教えてください、総務の福田さんから。

福田

まず、参加団体は例年45団体ほどあるので、すべての団体に今年は参加するか、意向の調査をしました。〆切ギリギリになる団体が多いので、〆切前後はずっと各団体とやり取りをしていました。

その中でも特に大変だったのが、今年から新たに始まった熱中症対策のルール作りでした。当初は、熱中症を防ぐために使われる暑さ指数の「WBGT指数」が、運動は原則中止とされる「31℃以上」が2回連続で計測されたら、試合中断、で考えていました。しかし、その基準だけでは、試合にならない!と不満の出る団体もあり…各団体や大学側の意見を踏まえ、双方が合意できるルールを作成するために、日本医学会のホームぺージや海外の論文などを見て、これならいけるかな、というもので今のルール(熱中症対策版)のベースを作りました。

福田さんは総合政策学部と聞きましたが、日本医学会の論文まで調べあげたのですね…?

福田

はい、英語の論文でした。クーリングタイムが何回もあると、深部体温が下がりやすいといった文章を引っ張り出して、南山の学生課や、上智の学生センターや総務の方に提示して…。「これでは、ダメ」と言って白紙に戻ったことも多く、何度も何度もやり取りをしました。各団体とのやり取りも繰り返して、もう心が折れそうになりました。

大変…!通常の各競技のルールだけでも難しそうですよね。福田さんは、陸上競技部で高跳びの選手と聞きましたが、正直、他の団体の競技ルールなんて、知らないですよね…?!

福田

まず、各団体にどのようなルールや得点の取り決めで試合をするのか調査をして、それを回収して、ルール文を作るような流れでした。作ったルール文をまた、各団体に確認してもらい、公式戦ルール一覧を作りました。

サラッと言ってるけど、それを33団体分取りまとめるってすごすぎます…!

福田

作り終わった時は、ぶっちゃけ、ちょっと疲れたな、と思いました。ルールの取り決めの期間、マルタに留学していたので、学校終わりに寮に戻って仕事をして、深夜にパソコンを開いて、日本とミーティングする、みたいな感じでした。

え、今までのやり取り、マルタに留学中だったんですか!?

福田

あまりに大変で何度か泣いてしまったのですが、寮が一緒のイタリア人の友達がパスタを作って元気づけてくれました。美味しかったです。

いや、すごすぎです!

グッズチーフのお仕事について

山本さんのグッズの方はどうでしょう?大変だったことも教えてください。

山本

まずは、デザインに苦労しました。今まで何かのデザインを考えたことがなくて、全然いい案が思いつかなくて…。今年の2月はずっとデザインのことを考えていました。先輩方にも色々アドバイスをもらいながら、何とか形にしていきました。

あとは、発注数を決めないといけない4月もすごく大変でした。それぞれのグッズが何枚、何円で売れて、何枚残っての計算が本当にできなくて…。ルーズリーフに何度も書いて悩みました。今年はアンダーアーマーのTシャツを初めて作ったのですが、着心地が良い分、他の企業で作るより単価がかなり高くて…。でも高いと学生は買ってくれないかな、とかそんな不安をずっと抱えていました。

昨年の売り上げを参考にしたりもしましたか?

山本

はい、去年のチーフの先輩が表にまとめてくださっていたので、参考にしました。でも去年って、すごくグッズの売れ行きが良かったんです。例年になくバズっていたようなので、本当にこの数で大丈夫なのか?と悩んでいました。

今年のグッズはすべて完売したと聞きました。

山本

完売できた瞬間はすごく嬉しかったです!本戦2日目のお昼過ぎに、ちょうど自分が販売している時に、目の前で完売したんです。最後、3XLのTシャツが2枚だけ残っていて、OBの2人組の方が、サイズはちょっと大きいけど欲しいと言って、最後の2枚を買ってくださいました。

メインストリートでの販売期間中、何度も「デザインめっちゃかっこいいです!」って言ってもらえて、1枚売れるごとに本当に嬉しかったです。

売り上げも良かったですか?

山本

今計算中ではあるのですが、すでに去年を上回っています!

良かった!発注する数を悩んだ甲斐がありましたね。

上南戦、当日の様子

上南戦当日のことも教えてください。今年は10年ぶりの単独総合優勝となりましたが、その瞬間、お2人はどのような気持ちで迎えましたか?

福田

私は泣いていました。私の作った覚書にミスがあって、バドミントン部のルールが男女別になるところを、1つにしてしまって…。それで、4者協議※が行われることになって、いろんな人に迷惑をかけてしまったので、1人で泣いていました。だから、感情がぐちゃぐちゃで、嬉しいのか、イライラしているのか、よく分からない感じでした。(笑)

会期中の試合運営等において協議が必要な課題が生じた場合、両大学の教員・学生代表が集まり行う会議。

山本

私は2日目にはグッズが完売したので、3日目は仕事がなくて…!なので、他のチーフたちと一緒にラクロス男子の応援に行っていました。その時に、別会場の団体が勝ったと聞き、「優勝確定じゃん!」と、チーフ4人でグラウンドのスタンドで「わー!!」と手をたたき合いました。

お2人の落差がすごいですね!(笑)

山本

私は2日目まではグッズの売れ残りが心配だったのですが、完売できたので、3日目は本当に心晴れやかに、「やばい、勝ったんだ!」と喜んでいました。(笑)

上南戦実行委員をやってみて

そんなお2人はどうして上南戦実行委員になったんでしょう?福田さんから。

福田

私はじゃんけんです。当時、体育会常任委員の2年生全体で30人ほどいたのですが、その中からじゃんけんで負けが確定して、総務になりました。本当に絶望でした。最初の頃、あまりにも泣きそうな暗い顔をしていたので、実行委員長の小柴さんにも「あの子、大丈夫か?」と心配されていたそうです。(笑)

それでも、辞退しようとは思わなかったのですか?

福田

1回やりますと、言っちゃったからにはやらなきゃ、という責任感で乗り切りました。

すごい。当時の自分に声をかけるならなんて言いますか?

福田

今振り返ると、そんなに泣かなくても良かったよ、と言いたいです。最終的には、実行委員をやって良かったなと思っています。自分の成長の機会にもなったし、山本さんみたいに明るい人とも知り合えたし、大学生活の中で一番楽しい時間でした。

山本さんはどうして実行委員に?

山本

きっかけは、マネージャーを務めるアイスホッケー部の合宿の時に、去年の実行委員長の服部さん(現:体育会執行委員長、アイスホッケー部所属)から上南戦の話を聞いて…。楽しそうと思ったので、実際に実行委員の話が舞い込んできた時には自分から手を挙げて立候補しました。

当初、グッズチーフをやりたがっていた方が他にもいて、1か月間だけ、広報チーフになったりと、色々と調整もあったのですが、結果としてはグッズチーフを譲ってもらった形になりました。この間で、自分がやりたいことをやらせてもらえる、ということで責任感は増し、ちゃんとやらなきゃ!という思いは強かったです。

2人とも責任感がすごいです…!!
上南戦実行委員をやっていて一番嬉しかったことはどんなことですか?

福田

実行委員のチーフのみんなに出会えたことです。1人で悩んでいても、誰かに相談したら、アドバイスが返ってきたり。お昼休みに話し合ったり、ゆっくりしたり、一緒にカードゲームをした時間も楽しくて、みんながいて良かったなと思っています。今でもみんなでsetlog(セットログ)を撮るほど仲良しです。

山本

私も1つ目は福田さんと同じで、学部も部活も学年も違うみんなと出会えたこと。最初は定期ミーティングが気まずくて嫌だったのですが、委員長の小柴さんが雰囲気作りを頑張ってくれたのもあって、どんどん楽しくなってきました。大会1週間前の最後のミーティングの時はもうこの時間がなくなるんだ、と思うとポカンと心に穴が開くようで悲しくなってきたほど、大きな存在になっていました。

もう1つは、自分にとって大きな成長になったこと。元々私は大人の方にメールすらしたことがなく、学生課の方にメールを送るのもすごく緊張していて…。それが企業の方に電話したり、メールしたりと、最低限のビジネスマナーというか、大人になるうえでちょっと成長できたと感じています。こんな大きな大会に、大学の一員として関われたことは、自信にもなりました。

上南戦とは

お2人にとって上南戦とはどのような存在ですか?

福田

「濃密な時間」でした。ずっと走り続けてきたから、その苦労も喜びもみんなで分かち合って過ごすことができました。あまり関わることのなさそうな学生課の方と関われたり、各団体とのつながりもできたので、半年以上、走り続けてきて良かったです。

山本

大学生活の中で「一番大きなもの」でした。入学するときはもちろん、去年の上南戦で東京に行ったときも、まさか自分が実行委員になるなんて想像もしていませんでした。今思うと面白いなと思うのですが、あんなのんきに観光したり、楽しんじゃって、次の年にこんな苦しんでいるんだよって。(笑)でもこの苦しさを乗り越えたからこそ、今は本当に良かったと思えています。

では、一緒に活動した仲間へのメッセージをお願いします、山本さん。

山本

1人では絶対にできる仕事ではなかったので、本当に色々な方の助けを借りました。みんな忙しくて自分の仕事もあるのに、いつも快く応えてくれるんです。とくに、広報チーフの森土さんのSNS発信はすごかったです。グッズが完売できたのも広報のおかげです。あと、学生課の棟田さんともすごくやり取りがあったんです。私もう嫌になっちゃった時期があって、返信が遅くなってしまった時も、心配して「大丈夫?」と聞いてくれたり、絶対に迷惑もかけたのに、たくさんサポートしてもらいました。

チーフのみんなが仲良いだけでなく、信頼し合っている関係性が素敵です。
最後に、応援してくださった方にメッセージをお願いします、福田さん。

福田

OB、OGの皆様や、教職員の方々のたくさんの支援やご声援があったからこそできた上南戦だと思っています。67回も続いていることに、感謝の気持ちでいっぱいです。特に、学生課の方には夜遅くまでたくさん相談に乗ってもらいました。陸上部の試合は外部会場の美浜町で実施されたのですが、そこの会場にも体育会OBの方が顔を出してくださったり。本当に様々な人に支えられていることを実感しています。

ありがとうございました!

実行委員長×広報チーフ編