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学長からのメッセージメイルマガジン「EPISTOLA」

No.10「新年のご挨拶」

2018年1月17日

年の初めのEPISTOLAをお送りするにあたり、新年のご挨拶を申し上げます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。そして新年がEPISTOLA読者の方々お一人おひとりにとって、実り豊かで、祝福された一年となりますように心よりお祈り申し上げます。

さて、年末年始には、皆さんはご家族やご友人の方々と団欒の機会をすごされたことと思います。私は久しぶりに時間が取れたので、リアルタイムではなかなか観ることができなかったテレビのスペシャル番組の録画をいくつか観て年越ししました。その中のひとつは、昨年ノーベル文学賞を受賞されたカズオ・イシグロさんが、以前、2015年に自身の小説についての思いを語られた「カズオ・イシグロ 文学白熱教室」()の再放送でした。

文学賞の受賞が決まったというニュースが巷にあふれるまで、私はイシグロさんのことをまったく知りませんでした。私は神学を専門としていますが、一般の文芸作品から人間という存在の複雑さについて非常に多くのことを学んでいます。神学や聖書とは無縁に見える作品の中にも『福音書』の「イエスのまなざし」と共通する視点を見いだすと、一人で感動しています。また、感動を分かち合おうと、文芸作品を神学の授業の教材として取り上げることもたびたびあります。それでも、イシグロ作品はこれまで一度も読んだことがありませんでした。ご縁がなかったということです。ところが、昨年イシグロさんの年齢と出身地を知り、またその処女作と2つ目の作品が、彼が5歳になるまで育った町についての彼自身の記憶に基づく作品であるという話を聞いて、関心を持つようになりました。そして偶然にも、「文学白熱教室」()という番組の再放送に出合い、それが、彼の小説への思いに触れる機会となりました。

とは言え、初期の2つの作品をまだ読んではいません。ですから、ここに書評をするつもりはありません。ただ、「文学白熱教室」()の番組の中で、彼が小説を書くうえで「記憶」というものを非常に重要視していること、そして、自分の小説において「真実」を表現すること、あるいは「心情」を読者に伝えることを大切にしていると語っておられたのがとても興味深く感じられました。

実は、私はイシグロさんより1か月ほど先に生まれ、5歳になるまで同じ郷里ですごしていました――もちろん、何の面識もありませんが。ただ、同年齢同郷の人間として、彼の「記憶」の中の郷里での出来事や景色は、彼自身話すように、彼が両親から聞いた彼らの経験なども絡み合った思い出なのだということに共感できます。そして、彼はそのような自分の「記憶」の中の諸々を失うことのないように、それらを自分の小説の中に書き留めたということです。こうして書き留められた小説の内容は、彼にとっての「真実」です。そして、彼が自分の作品の読者に読み取ってほしいと願う「心情」でもあります。

年末年始の自由な時間の中で、私には、イシグロさんの思いが、新約聖書の中の『福音書』を残した人々の思いと重なっているように感じられました。

イシグロ氏と鳥巣学長の郷里、長崎の風景

「カズオ・イシグロ 文学白熱教室」NHK Eテレ、2017年10月8日 23:00放送

南山大学長 鳥巣 義文

発行人:南山大学長
発行 :南山大学学長室 (nanzan-mm-admin@ic.nanzan-u.ac.jp