南山の先生

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研究所・人類学研究所

宮脇 千絵

職名 准教授
専攻分野 文化人類学
主要著書・論文 『装いの民族誌―中国雲南省モンの「民族衣装」をめぐる実践』(単著、風響社、2017年)
『ドレス・コード?―着る人たちのゲーム』(共著、京都服飾文化研究財団、2019年)
Fashionable Traditions: Asian Handmade Textiles in Motion(共著、Lexington Books 、2020年)
『クリティカル・ワード ファッションスタディーズー私と社会と衣服の関係』(共編著、フィルムアート社、2022年)
将来的研究分野 装いの境界線をめぐるずれとゆれに関する人類学的研究、現代中国における少数民族女性の稼得労働とエスニシティに関する人類学的研究
担当の授業科目 民族問題と人間の尊厳、民族誌学研究、社会人類学研究(民族芸術論)

装いの/装いから世界を眺める

 あなたはいま何を身に着けているでしょうか。シャツやジーンズあるいは学生服、パジャマなどの答えが挙がるかもしれません。またメイクやネイル、ピアスはどうでしょう。香水をつけているかもしれないし、筋トレに励んで筋肉をつけているかもしれません。服だけでなく、身体にほどこすことすべてを「身に着けているもの」と考えることができます。しかしそれだけではありません。あなたが身にまとっているものには、社会的な規範や暗黙のルール、他人の目にどう映るのか、他人に認められたいなどの意識が反映されているのではないでしょうか。私の関心は、人が装うときに、自己と他者との関係性がそこにどのように反映されるかということにあります。

 私は主に中国雲南省をフィールドとし、文化人類学的な調査、研究を続けています。中国は漢民族と55の少数民族から成る多民族国家ですが、雲南省にはそのうち漢族を含めた26民族が居住しているとされています。大学3年の夏にはじめて雲南省を訪れて以来、私はそこに暮らす人びとの多彩な装いに魅了されてきました。中国において少数民族の装いは、「民族衣装」と称されます。彼/彼女らの装いは、私が日本で日々当たり前に着ている服とは異なっていました。まず大量生産された既製服ではありません。どこかに手仕事が感じられるもので、伝統的とも呼べるものです。またパッとみただけで、その人がどの民族なのかが分かるものでした。長距離バスを乗り継いでは、山深い小さな町にいくつかの異なる装いの人びとが行き交う様子をみるたびにワクワクしていました。当時の私は、「民族衣装」ごとの違い、そして自分の装いとの違いを楽しんでいたのだと思います。

 その後、本格的にフィールドワークをおこなうようになると、人びとの暮らしの移り変わりに伴い「民族衣装」自体も変化しているのだということに驚きました。2000年代半ばには、就学する者、都市部に出稼ぎ労働に行く者が増え、これまでのように染織や刺繍をおこなう者が減り、服は一から家庭内で作るものではなくなってきていました。しかし戦後に洋装が一気に広まった日本とは異なり、雲南省では既製の「民族衣装」というものが市場で売られるようになりました。手仕事が感じられる伝統的な衣装か、世界標準の洋服かの区別しかしていなかった私にとって、この両者の合間を揺らいでいるかのような装いをどう理解すればいいのか、という問いが浮かび上がってきました。これが私の研究の出発点です。

 彼/彼女らはいったい何を着ているのだろうかと考えながらフィールドワークをおこない、得たことは、彼/彼女らは私と全く異なる服を着ているわけではなく、そこにはいくつかの共通点があるということでした。時と場面に応じて服装を使い分けていること、他人にどうみられているかをとても意識していること、そのうえで自分らしいおしゃれを楽しんでいること。自分との違いにワクワクしていたはずが、自分との共通点がみえることもまたおもしろいことでした。

 装うという行為は、私たちがごく日常的におこない、かつ人間にとって普遍的なものです。身近すぎて些細なことに思われるかもしれませんが、そこには、自然環境や歴史、文化的背景や社会的な規範、そして人間の想像力や美意識などの要因が複雑に絡み合っています。あなたがいま着ている服は、決して野放図に選択されたものではなく、このような複雑な要因をふまえたうえで、他者に自己をどうみせたいかによって決定されていることでしょう。そういう意味で、装うことは非常に文化的、社会的な行為だといえます。

 文化人類学はよく、自らの「当たり前」を問う学問だといわれます。世界の人びとがなにを考え、なにをおこなっているのかを身近なテーマから考えることは、意外な驚きや発見につながり、自らの価値観や知識を刺激することでしょう。一緒に、装いの/装いから世界を眺めてみませんか。

 

(写真キャプション)洋服と既製の「民族衣装」を販売する露店(2018年撮影、中国雲南省)