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総合政策学部・総合政策学科
李 彦銘
職名 | 教授 |
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専攻分野 | 地域研究、日中関係、国際関係論 |
主要著書・論文 | 【単著】 『日中関係と日本経済界―国交正常化から「政冷経熱」まで』(勁草書房、2016年) 【共著】 『共振する不安、連鎖する米中対立』(大矢根聡編、千倉書房、 2025年)、 『大平正芳の中国・東アジア外交―経済から環太平洋連帯構想まで』(川島真・井上正也編、PHPエディターズグループ、2024年) など |
将来的研究分野 | 中国の産業政策と対外政策の関連、 日本の産業政策に関わる実務者のオーラルヒストリー |
担当の授業科目 | 「地域と文明A(アジア)」「総合政策プロジェクト研究Ⅰ~Ⅳ」「総合政策中国語」他 |
歴史を読み解き、現代の国際関係を見る目を養う
「引っ越しのできない隣国」である中国。かつては日本のODA(政府開発援助)の対象国であり、1972年の日中国交正常化や1992年の天皇訪中といった出来事が象徴するように、戦後日本の平和への追求のなかで、決して避けて通れない相手でした。しかし、ニュースやSNSで「中国」というキーワードが目に飛び込んだら、みなさんはどこかもやもやとした感情を抱いているかもしれません。なぜこのような「もやもや」とした感情があるのでしょうか(もちろん中国社会にも日本に対する「もやもや」の心情が存在します)。世界が混迷を深めるなか、日本と中国の関係はいまどのような局面を迎え、これからどこへ向かうのでしょうか。
残念ながら、私の研究から、これらの疑問に対する答えを一言で、あるいは二言で直接お伝えすることはできません。しかし、皆さんの理解を深め、各自の答えを見つけるための一助にはなると考えています。
では、どうすれば自分なりの答えを見つけられるのでしょうか。私の博士論文を例に、そのヒントを説明したいと思います。
私の博論では、日中国交正常化した1972年の直前から2000年代にかけて、ビジネスの世界(特に日本経団連や経済同友会といった経営者団体)と政治の世界がどのように連携し、両国間のさまざまな出来事につながったのかを詳しく調べています。
この研究に関心を持つようになったのは、学生時代の交換留学がきっかけでした。中国がWTO(世界貿易機関)に加盟し、日中の経済的相互依存が深まっていた。同時に留学や旅行など、人の交流もますます容易になりました。しかしその一方で、外交関係や国民感情の悪化が目立つようになった時期でもあり、日中関係は「政冷経熱」と呼ばれるようになりました。留学中、このキャップを肌で感じる場面がいくつかもありました。
なぜ政治と経済が、このように一見して反対の動きをしているのか、これは私の最初の問題意識でした。しかし、研究を進める上では、漠然とした大きな問題意識を、学術的な問いへ転換しなければなりません。具体的には、検証可能(かつ資料の収集と入手は学生にとっては難しくない)、さらに学術的な意義がある切り口を見出すことが重要です。試行錯誤の結果、私は日本の経済界を観察の対象に絞りました。
そして、私の研究は歴史的なアプローチを中心にしているため、外交史研究の側面も持ち合わせています。しかし、伝統的な外交史研究が国家そのものを代弁する政府や政治的指導者、官僚組織に焦点を当てる一方、それ以外のアクターは長く研究対象としてあまり取り上げられてきませんでした。ですが、私の博論で明らかになったのは、政治家や官僚のアイディアが、経済界のリーダーたちと共通・共有されてきたという事実です。その典型的な例が「プラント輸出戦略」であり、さらにこのアイディアの共有が、中国への円借款(のちのODA)実現へとつながっていきました(詳細は単著を参照)。
このような事実を掘り起こすため、私は多角的な資料にあたりました。具体的には、経済団体の機関誌や報告書、通産省の広報資料、企業の社史や業界専門誌、 経営者のインタビューや回顧録、当事者に対するインタビューなどです。これら広範な資料を比較しながら読み解くことで、より広い視野や立場の違う視点から日中関係の歴史を捉えることができました。
さらにこれまでの研究は、中国の国際政治学者や経済学者が中国外交にどう関わったのかといったテーマにも広げています。総じて。私の研究の中心は、政府以外の様々なアクターが政策決定のプロセスとどのように関わっているか、という点にあります。
みなさんもぜひ自分自身の「なぜ?」という疑問を見つけてみましょう。そしてさまざまな立場の人が残した資料(文字情報だけでなく、音声、映像も)を掘り起こして分析してみてください。また、日中両国の歴史や文化、政治システムの違いを深く理解するには言語の学習も役に立つはずです。このような探求を通じ、みなさんは現代社会を見る目を養うことができるでしょう。