南山の先生

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総合政策学部・総合政策学科

星野 昌裕

職名 教授
専攻分野 現代東アジア研究、現代中国政治
主要著書・論文 『現代中国政治外交の原点』(共著、慶應義塾大学出版会、2013年)、『東アジア分断国家』(共著、原書房、2013年)、『党国体制の現在』(共著、慶應義塾大学出版会、2012年)、『中国は、いま』(共著、岩波新書、2011年)、『現代中国の政治的安定』(共著、アジア経済研究所、2009年)、『中国をめぐる安全保障』(共著、ミネルヴァ書房、2007年)ほか
将来的研究分野 東アジア共同体、中国の民族問題、中国・朝鮮半島関係、中台関係
担当の授業科目 「政治変動論」、「国際政策論」、「総合政策プロジェクト研究」、「アジア政策研究」(大学院)ほか

中国における少数民族の「少数」が意味するもの

私が中国の少数民族問題に関心を持ったのは、1990年夏にシルクロードで有名な新疆ウイグル自治区をバックパッカーとして個人旅行した時です。北京から二等寝台列車に乗ること88時間、車中3泊4日の旅の果てにたどりついたウルムチという町の景観は、私の中国イメージを完全に打ち砕きました。そこに居住するウイグル族は顔立ち、服装、食文化の面で中東風情にあふれ、イスラム教を信仰しています。当時、大学3年生だった私は、それらのすべてが日本や中国に代表される東アジア文化とは異質な空間に感じ、毛沢東の描かれた紙幣を使ってウイグル族が商売をしていることに大きな違和感を持ちました。この経験を通じて私は、社会主義システムをとる多民族国家中国が、如何にして国家の統合を保持しているのか、すなわち中国の民族政策はどのようなものだろうかという政治学的な問題関心を持つようになったのです。

現在中国では56の民族が公認されていて、このうち漢族を除くウイグル、チベット、モンゴル、朝鮮族など55民族のことを少数民族と総称しています。2010年の人口調査によれば、少数民族は8.4%にすぎませんが、55の少数民族の人口をすべて足すと1億1197万人で日本の人口に匹敵するほどです。個別の民族を見ても、ウイグル族1007万人、チベット族628万人、モンゴル族598万人ですから、大相撲でおなじみのモンゴル国の270万人をはるかに上回る人口規模です。彼らが「少数」とみなされるのは、人口の9割を占める漢族との相対的な関係でしかないのです。少数民族が比較的多く住む地域は民族自治地方と呼ばれ、5つの自治区、30の自治州、120ほどの自治県にわかれています。その民族自治地方の総面積は中国全土の64%で、周辺国との陸地国境線のほとんどを占めています。つまり中国は、国境沿いの広大な領域に、漢族と異なる独自の文化を有する絶対人口の大きい少数民族を抱える多民族国家なのです。こうした少数民族の特徴から、中国の統治者は民族問題を、少数者へ優遇策を講じる問題ではなく、国家統合を確保するための安全保障上の問題として認識することになります。

中国の民族政策は民族区域自治制度と呼ばれ、民族自治地方に居住する少数民族には一定の自治権や優遇策が与えられ、大学入試の得点が加点されたりします。また民族自治地方の政府機関の首長は少数民族が担当することになっています。しかし、中国共産党の一党支配体制をとる中国では、民族自治地方でも真のリーダーはその地方の共産党の書記で、そのポストはほぼ漢族に独占されています。つまり、少数民族にとって中国共産党の一党支配体制は漢族による政治権力の独占にほかならず、漢族支配が強まることへの不満から、少数民族のデモや民族運動が発生します。

「ウイグル族の女性たち」新疆
ウイグル自治区カシュガルにて星野が撮影

中国の政治体制が民主化すれば、少数民族の権利が保護されるという議論もありますが、少数者への優遇措置が講じられる民主化でなければ、結局のところ民族自治は保障されません。また中国の民主化は社会主義制度を前提にした国家システムの再検討を意味します。したがって、例えばチベット問題が本格的に動き始める時は、東アジア全体の地域秩序が変動する時です。新たな国家システムが機能するまでには多くの混乱が予想されますが、東アジアの一員である日本は地域の望ましい将来像を検討しつつ、中国の民族問題に対処する政策をしっかりと立案する必要があります。