南山の先生

学部別インデックス

法学部・法律学科/法務研究科

中田 裕子

職名 准教授
専攻分野 英米法、比較法
主要著書・論文 樋口範雄・関ふ佐子編『高齢者法 長寿社会の法の基礎』(東大出版会・2019)(担当箇所:第4章第2節、第5章第3節)
「アメリカにおける住宅ローン市場規制と担保権実行手続き回避策」比較法研究82巻、293-295頁(2021)
「リバース・モーゲージの法的課題と信託の利用―比較法的アプローチ―」比較法研究奨励金論集 40号、 85-103頁(2019)
将来的研究分野 英米法、比較法、信託法、高齢者法
担当の授業科目 英米法、外書講読、海外法文化研修

英米法を学ぶ意義

 英米法の講義の最初に、学生に対して以下の質問をしています。「英米法はどこの国の法律だと思いますか。」多くの学生は、読んでそのまま「アメリカとイギリスの法律」と答える。これは、誤りではないが、正解でもありません。先進国の法系は、大きく分けて2つ存在すると言われ、古代ローマ法に由来する「大陸法(Civil Law)」と、イングランドとその旧植民地諸国の法である「英米法(Common Law)」である。つまり、アメリカ・イギリスといった個々の国の法を示す訳ではなく、法系全体を示す概念なのです。

 次に、大陸法に属する日本において、「何故、英米法を学ぶのか」が問題となる。つまり、英米法を学ぶ意義はどこにあるのだろうかと問い直すことができる。「英米法圏の国々との取引のある会社に就職した際に、役立つ」といった実質的理由が挙げられるかもしれない。確かに、就職後、英米法の知識が役立って、法務部で英文契約書作成に携わっているといった内容の連絡を受けたこともあるが、そういった会社に就職しない学生にとっては学ぶ意義のないものなのでしょうか。ここで一つ、簡単な判例を使って、英米法を学ぶ意義について考えてみたい。

Van Camp v. McAfoos, 261 Iowa 1124 [1968]

 三輪車に乗っていた3歳のマーク君は、バンキャンプおばあさんにぶつかってしまい、アキレス腱を損傷させてしまった。バンキャンプおばあちゃんは、マーク君とマーク君の親に対して損害賠償を請求した。この訴えは認められるか。

 とても簡単な設例であるが、日本法を一度でも勉強したことがある人は、「3歳のマーク君」を訴えるという点に対して驚く人が多い。日本では、不法行為の責任能力については判例上12歳が一定の基準とされており、そもそもマーク君の責任は問えず、訴えることさえ出来ないからである。しかしながら、英米法では、3歳児は「3歳児なりの注意義務」(成人が負う注意義務の内容とは異なるとされる)を負っており、その注意義務に違反した場合には、やはりその責任において賠償すべきとの考えなのである。

 では、マーク君の親の責任はどうであろう。英米では、日頃から余程やんちゃで全く言うことの聞かないような子であったといった特別な事情がない限りは、親の帰責性は問われないのである。本件でも、やはり親の帰責性なしとされている。一方、日本では、親の過失責任が問われることになる場合が多い。

 英米法の講義では、このような差が生じる点を示しながら、どうしてこのような差が生まれるのか、翻って、どうして日本法の責任(ないし過失責任)の在り方はこのようになっているのかを考えるように促している。つまり、単に他国の法を知識として獲得するだけではなく、他国の法と自国の法との相違点から自国の法やその在り方をより深く学ぶことこそに英米法を学ぶ意義がある。海外取引のある会社に就職したいと考える学生というよりむしろ、広く日本法を学ぶ多くの学生にとって、英米法を学ぶことが、日本法への理解の一助となると期待している。