南山の先生

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法学部・法律学科/法務研究科

渡邉 泰子

職名 講師
専攻分野 民事訴訟法
主要著書・論文 「審理手続における裁判官と当事者の役割分担に関する一考察 ―弁論主義と裁判官の釈明権行使の関係を中心に ―」(同志社法学)
将来的研究分野 民事訴訟の審理構造

民事裁判は自己責任?

ある日、交差点で青信号の横断歩道を渡っていたXさんは、信号を無視して突っ込んできた車と接触して大ケガをしました。Xさんは思いました。「自分は全然悪くないのに、こんなひどい目にあうなんて。許せない!訴えてやる!!」

Xさんが車を運転していたYさんを処罰してほしいと思うなら、被害者であるXさんが告訴すれば、あとは国家権力である警察や検察が捜査して証拠を収集し、検察官がYさんを被告人とする刑事訴訟を提起してくれます。刑事訴訟では、検察官がYさんの行為が犯罪(過失運転致死傷罪・自動車運転死傷行為処罰法5条)にあたると主張し、それを立証するのです。しかし、いまの裁判制度では、刑事訴訟の中で、Xさんがケガの治療費をYさんから支払ってもらうことはできません。刑事訴訟の成果を利用するという形式の損害賠償命令制度が平成20年12月1日から始まりましたが、過失運転致死傷罪は過失犯なので、この制度の対象から外れています。したがって、Yさんが自分から治療費や慰謝料を支払ってくれなければ、Xさんは自分で、あるいは弁護士に頼んで、民事訴訟を提起し、Yさんが起こした交通事故が不法行為(民法709条)にあたるとしてYさんに対して損害賠償を請求しなければならないのです。しかも、民事訴訟の中でYさんが「私は信号無視をしていない」と反論してきた場合には、Xさんが「Yさんが信号無視をしたせいで、私はこんなケガを負ったんです!」と主張するだけでは、裁判所は「可哀想に。じゃあYさん、Xさんに治療費を支払ってあげなさい。」とは言ってくれません。

では、どうすればよいのでしょうか。Xさんは、Yさんが信号無視をしたせいで事故をおこしてXさんを負傷させたことに関する証拠を集めて裁判に提出しなければなりません。つまり、民事訴訟は、訴えたらそれで終わりというわけにはいかないのです。民事訴訟では、訴えたXさんや訴えられたYさん(彼らのことを当事者といいます。)が主張し立証した事実以外の事実について、裁判所が勝手に調査し認定してはいけないことになっているからです。これを弁論主義といいますが、このような考え方を貫くと、本来Xさんが勝つべき訴訟であっても、Xさんが法律の知識をあまりもっていないのに弁護士に頼らず自分で訴訟を起こしているときや、Xさんが頼んだ弁護士が頼りない人物で、必要な事実を主張しなかったときや必要な証拠を提出しなかったときには、主張立証が不十分だという理由で負けてしまうことになります。

しかし、この結論を、当事者がするべきことをしなかったのだからやむを得ない、当事者の自己責任の問題として片付けてしまって本当によいのでしょうか。場合によっては、裁判官が手助けしてもよい、むしろ手助けしなければならない場面もあるのではないでしょうか。また、そういった場面があるとして、裁判官による手助けはどのような範囲で認められるべきでしょうか。弁論主義という原則がとられている民事訴訟において裁判官の役割をどのように考えるべきか、そのような問題について私は研究しています。

皆さんのなかには「民事訴訟法」と聞くと、「裁判なんて自分には関係のないことだからわからない」とか、「手続がややこしくて難しそう」といったイメージがあるかもしれません。でも、実際に「訴えてやる!!」と思ったときにどのような訴訟をどこに起こせばよいのか、手続が始まったらどのような主張をしてどのような証拠を集めたらよいのか、いざ判決が出た後はどうすればよいのか、具体的な事案を思い浮かべてちょっと考えてみてください。そうすれば、面白い発見がたくさんできると思います。さあ、一緒に楽しく民事訴訟の仕組みを学んでいきましょう。