南山の先生

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法学部・法律学科/法務研究科

水留 正流

職名 准教授
専攻分野 刑事法
主要著書・論文 「責任能力における『精神の障害』」(上智法学論集50巻3号、4号)
将来的研究分野 責任論(特に、責任能力)、精神科医療・福祉と法をめぐる諸問題
担当の授業科目 「刑法総論」、「刑法各論」、「刑事政策」

「責任を取れ」とはいうけれど・・・

 社会で望まれない事態が発生したとき、しばしば「責任」の所在を求める声が出てきます。「責任」という言葉は法律学でも重要なキーワードなのですが、その意味は文脈によってさまざまです。たとえば「XがAを殴って怪我をさせた」という一つの出来事からも、法律学ではいくつかの「責任」の問題が発生します。

    • 民事責任
       この事例ではAには治療費や痛みや恐怖といった精神的な損害が生じています。XがAを殴るのは「不法行為」なのだから、Xこそがその損害を負担すべきです。このように、市民の間で一定の損害などが生じたときにそれを負担しなければならない立場のことを「民事責任」と呼びます。これについては民法の先生の授業(いまの事例ですと『不法行為法』)で教わることになります。

    • 刑事責任
       他人を殴って怪我をさせるという事態を社会も放置できません。そこで、XとAという市民の間の関係とは別に、国家が、このような行為を「犯罪」とし、Xのような犯罪行為者には必要に応じて「刑罰」を課すということがなされます。この事例では、Xには傷害罪(刑法204条)が成立して、「15年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金」が課されるべきことになるでしょう。このように、刑罰を受けなければならない立場のことを「刑事責任」と呼びます。
       刑事責任追及のためには、そもそもそれが「犯罪」でなければなりません。傷害罪は「人を傷害した」ときに成立しますが、たとえばXの怪我がかすり傷だった場合も「傷害」といえるでしょうか。『刑法各論』の授業では、条文を手掛かりにそれぞれの犯罪の成立範囲を探っていくことになります。
       Xに傷害罪が成立して、1年の拘禁刑という有罪判決を受けたとして、たとえば、Xに暴力を繰り返す傾向があるというとき、この刑罰はXが再犯しないために有益でしょうか。仮に有益だとして、再犯防止の努力はどこまで追求されるべきでしょうか。刑罰や刑事責任追及の在り方について、『刑事政策』の授業でみなさんと一緒に考えることになります。
       また、Xが高校生であった場合など、20歳未満の「少年」には刑罰、すなわち刑事責任の追及ではなく、矯正教育を目指すのがむしろ原則となることについて、『少年法』の授業で教わることになります。

    • 犯罪成立要件としての「責任」
       上述したように、刑事責任が生じるにはXの行為が「犯罪」でなければなりません。いまの事例でいえば、ただ「XがAに怪我をさせた」という外形(「構成要件該当性」)があるだけで傷害罪が成立するわけではありません。その行為はさらに「違法」で「有責」なものでなければなりません。犯罪には非常に多種多様なものがありますが、それらに共通する要素がいくつかあります。これについて、『刑法総論』の授業でみなさんと一緒に考えることになります。
       有責性、つまり「責任」も、各種の犯罪に共通する要素の一つです。この意味で「責任がある」といえるには、その行為が刑罰によって非難可能なものでなければなりません。たとえば、Xが精神疾患から、Aに命を狙われているという妄想(単なる思い込みでなく、病気のために誤った観念が訂正できなくなってしまった状態)に完全にとらわれてAを殴るという行動に出て怪我をさせた場合には、責任無能力(刑法39条1項)となる可能性があります。
       病気で仕方なかったからといって「責任」がなく無罪だ、という結論には、時に社会から強い批判がなされることもあります。その当否を考えるには、刑罰によって国家が人を非難するということのそもそもの意味から考えなければなりません。そのうえで、具体的にどのような場合にまで犯罪成立の前提となる「責任」を認めることができるか、すぐには答えの出ない問いに取り組んでいく必要があります。
       「責任」というのは、法律学的にはなかなか一筋縄では行かない概念なのです。