南山の先生

学部別インデックス

法学部・法律学科/法務研究科

豊島 明子

職名 教授
専攻分野 行政法
主要著書・論文 「福祉における公私関係の考察」(『行政法の原理と展開』法律文化社、2012年所収)
将来的研究分野 福祉サービスをめぐる公私の法関係と行政の役割の研究
担当の授業科目 「行政法総論」「行政法各論」「行政救済法」等

社会保障の権利について考えてみよう

誰でも生きていれば病気やけがをしたり、いずれ、年もとります。そんな時、私達の生活を支えてくれるのが、社会保障制度です。日本では「社会保障は権利として保障されている」と言われます。では、「権利として保障する」とは、どういう意味でしょう。

そもそも権利とは、相手方に対して何かを望んだ時にそれを要求・実現することが法的に認められている、そういう力のことを言います。この場合の相手方は、お金を借りている借金とりかもしれませんし、社会保障の分野ならば、当然、行政ということになります。行政に対し私達は「これをやって下さい」とか「やめて下さい」と、主張できるのです。サービスを給付して欲しいのにしてくれない、あるいは不十分にしかしてくれない場合に、「もっとちゃんとやれ」「質の良いサービスをよこせ」と求めたり、元々受けていたサービスを「減らします」というサービスの変更決定がなされた時に「やめて下さい」と変更決定の取消しを求めることも、法的に認められます。言い換えれば、権利とは「法によって保護されている利益」です。「法によって保護されている利益」とは、様々な法の定めによって保護されるべき利益として規定されていて、もしもその利益の侵害状態があれば、裁判を通じてその侵害を除去してもらい、それを実現してもらえるものです。

しかし、このような権利という言葉の一般的意味を理解しただけでは、社会保障の権利を理解したことにはなりません。そこで、社会保障の権利を理解する上でぜひ考えてもらいたい問題があります。法が保障する権利には、色々な種類がありますが、その中で私達にとって比較的身近なものは、民法の世界に登場する契約上の権利でしょう。私達が買い物をする時、通常いちいち契約書を交わしませんが、買いたい物をレジに持って行き「○円です」と言われてお金を払います。これは、法的に見れば1つの売買契約がレジの所で成立したことを意味します。売買契約では、物を買いたい人は、その対価を支払うことによって所有権を得るわけです。しかしこれは、社会保障における権利とは、かなり違っています。社会保障は、収入が低く貧困生活をおくらざるを得ない人や、月々わずかの年金しかもらえない高齢者も対象にしています。それゆえ、社会保障を受ける場合には、先程の売買契約とは違い、必ずしも対価としての金銭支払義務はありません。憲法25条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めており、これは「生存権」と呼ばれています。社会保障は、「生存権」に裏づけられた権利です。具体的には、生活保護を受ける権利や介護サービスを受ける権利等がこれに含まれます。売買契約上の権利を実現してくれるのは、買い物の相手方である売り主、つまり民間のスーパーや商店等です。しかし、人権としての権利を保障するのは、国家という公的な存在です。この点は決定的な違いです。このように、売買契約上の権利と、社会保障の権利とは、いくつかの点で違いがあることが分かります。

ここで述べたことは、社会保障の権利をめぐるほんの入り口の問題に過ぎません。この他にもこんな問題もあります。生活に困窮した人が役所に行き、何らかの社会保障や社会福祉のサービスを求めたところ、「予算がないのでできません。」と言われた。これはどういうことでしょう。権利として社会保障を行うことと予算上の制約との関係は、どうなっているのでしょう。

貧困・リストラ・失業・高齢化等の様々な生活上の不安が渦巻く現代社会に生きる私達にとって、権利としての社会保障の意味について考えることは、ますます重要になっています。これを機に、もっと深く、考えてみてはいかがでしょうか。