南山の先生

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法学部・法律学科/法務研究科

齊藤 高広

職名 教授
専攻分野 経済法
主要著書・論文 「イノベーション市場論の展開と課題」(単著)、「労働市場における競争政策 と競争法の展開」(単著)
将来的研究分野 競争法・競争政策の諸問題
担当の授業科目 経済法A・B

競争法的な思考を学ぶことの意義

ある町でスーパーAが新規開店し、開店セールと称して、トマトとレタスを10円で販売しました。それを見た近くのスーパーBがトマトとジャガイモを5円で販売し始めました。Aは、開店セール後も、トマトとレタスに加えてジャガイモとネギを5円で販売しました。するとBは野菜を全て1円で販売し始め、それを見たAも野菜を全品1円で販売することに。さて、問題です。この安売りを規制すべきでしょうか。

全面規制を唱える規制論者は「大幅赤字になる」「期間限定の開店セールならまだしも、このような安売り合戦は商売の方法として大問題だ」と主張するかもしれません。それに対して、規制不要論者から、「この安売りで誰も困らない」「来客者が野菜以外の商品を買えば、AもBも赤字にならない。むしろ大幅黒字かもしれない」と反論されるかもしれません。

では、次の事実が判明したらどうでしょうか。①A・B以外のスーパーや八百屋さんが困っている。②A・Bに納品する農家が野菜を買い叩かれて困っている。

規制論者は「被害者がいるので規制すべきだ」と解答するでしょう。しかし、次のような反論もありえます。「いやいや、1円販売向けのため圧力を加えられる農家も嫌気が刺しているはずだ。A・B以外の取引先、つまり別のスーパーや八百屋さんに野菜を供給すれば良い」「農家の団体が介入すれば力強い」「自信がある農家や八百屋さんなら、ネット販売でより新鮮安全な野菜を自分で扱える。無農薬野菜やブランド野菜なら高くても買ってくれる人はいる」と。もちろん、「そう簡単に取引相手は変更できない」との再反論もあれば、「そもそも単品製造・販売するのが時代遅れだ。専門店のような八百屋さんもコンビニに業態変化すべきだ」との再々反論も出てくるかもしれません。

法学部では答えのない問題を扱います。現に生じている問題を発見し分析する。そのときの気分やその場の空気に流されるのではなく、一定のルールをベースに、過去の事件も参考にしながら、より適切な解決法を提案する。未知の要素が加わっていれば、将来の事態も予測しつつ個々に考えてみる。法律の専門家にならなくとも、過去=現在=将来という時間軸も意識しつつ、自分自身をも客観視し相対化させながら、全体像を俯瞰するような思考方法は、自身の人生を切り開き、他者との協同作業に取り組む際に必要とされるものです。

もしかすると反論や再反論の内容に違和感を覚えた人もいるかもしれません。自分が見ている風景と他人の見ている風景が異なる。同じ風景を見ているのに、見ているポイントが違う。専門店のイメージが湧かない人、逆に、シャッター街と化した商店街を思い浮かべる人もいる。これまで生活してきた地元から少し距離を置いて、大学という異空間で自分とは異なる視点や価値観を持つ人たちと接することも、意外に大事なのかもしれません。

では、先ほどのケースは、どう扱われるべきでしょうか。実は、似たような事件が愛知県内でありました。ただ、正式事件でなく警告事件でした。もし正式な違反事件にしてしまうと「安売りは違法行為だ!」との誤ったメッセージを伝えかねません。「適正価格で販売せよ!」と命じても、その「適正」価格とは具体的にいくらでしょうか。「そんな難題があるなら放置しておこう」という選択肢もあります。でも今度は野菜以外の商品で不毛なバトルが再燃したら、どうしますか。

解決方法は1つとは限りません。ただ、本件については、スーパーA・Bに法学部で経済法を勉強し競争法的な思考方法を培ったスタッフや幹部職員がいれば、このような深刻な事態にならなかったのかもしれないのですが。