南山の先生

学部別インデックス

法学部・法律学科/法務研究科

伊藤 司

職名 教授
専攻分野 民法
主要著書・論文 「ドイツにおける婚姻外生活共同体」 法学57巻5号
「配偶者の協力義務と夫婦財産の清算(一)、(二)、(三・完)」 法学58巻6巻、法学59巻1号、4号
「離婚後扶養に関する一考察」太田・中村編『民事法秩序の生成と展開』(創文社)
将来的研究分野 家族財産の法的処理についての研究、金利規制のあり方についての研究
担当の授業科目 「家族法A」「家族法B」

「婚姻届」は必要?

皆さんは結婚について考えたことがありますか?この文章を読む多くの方々はあまり真剣に考えたことはないでしょう。しかし周りには結婚をしている人がたくさんいませんか?結婚というのはそれくらい私たちの身近にあるものなのです。

では、なぜ人は結婚するのでしょうか?このような非常に漠然とした問いにはいろいろな答え方があることでしょう。ここではもう少し問題を小さくしてみましょう。民法という法律では、結婚(法律用語では「婚姻」といいます)するためには「婚姻届」を役所に提出しなければならないとされています(民法739条)。この手続きにより、様々な法律上の効果が発生します。皆さんの周りにいる多くの結婚した人たちもこの「婚姻届」を提出しているはずです。では人は、なぜ「婚姻届」を提出するのでしょうか?法律で決まっているからでしょうか。あるいはみんながしているからでしょうか。もしかしたら、何となくしている人もいるかもしれません。しかし、考えてみれば、これは不思議なことです。なぜなら、お互いに愛し合っていれば、夫婦として生活していくことは不可能ではないはずだからです。言いかえれば、人は愛し合っているからこそ結婚するのであって、愛があれば十分だということもできるはずです。つまり、結婚するのに「婚姻届」は本当に必要なのかは疑問だ、ということになります。

では「婚姻届」のような法律上の手続きは不要なのでしょうか?外国の例を調べてみると、多くの国々で日本の「婚姻届」とは異なるものの、何らかの形での結婚の登録制度があります。多くの国々では、人々がある方式に従って(法律上の)結婚をしています。世界の多くの国々で行われているから必要だ、とは言えませんが、なくしてよいのだと簡単にいうことはできないように思われます。つまり、愛の力だけで夫婦がつながっているのではなく、法律の力によってもつながっているというのが一般的なのです。

しかし一方でヨーロッパを中心に別の現象も起こっています。それはこのような法律制度を拒否する人々が現れ始めたのです。つまり、愛し合っている2人が夫婦同然に生活しますが、法律上の手続きをわざととらないのです。このような人々は、「自分たちは愛に基づいて共同生活をしているので、法律上の手続きはいらない」と主張しています。この主張はある意味では純粋な考え方です。人は愛にのみ基づいて夫婦となるのだ、というわけですから。この立場からすると、結婚についての法律の力はあまり必要ないことになるのかもしれません。しかし、よく調べてみるとそう簡単な問題ではないことがわかります。なぜなら、そのような主張をして共同生活をはじめた人のなかには、その後法律上の登録手続きをとる人が少なくないからです。このような人は、何らかの法律的な力を必要としているのでしょう。こう考えると、ますます問題は複雑になります。

愛に基づかない結婚はあり得ないことは確かだと思うのですが、愛さえあればいいのかについては難しいということです。法律の議論というと、難しい理屈のことを連想しがちですが、このように理屈では割り切れない問題も考えなければなりません。皆さんも考えてみてください。