南山の先生

学部別インデックス

人文学部・心理人間学科

青木 剛

職名 講師
専攻分野 臨床心理学・人間性心理学・フォーカシング指向心理療法
主要著書・論文 傾聴・心理臨床学アップデートとフォーカシング ナカニシヤ出版 (共著)
FMS ver. a.j.の妥当性と信頼性の検討 関西大学臨床心理専門職大学院 紀要(単著)
将来的研究分野 フォーカシングが精神的健康に及ぼす影響に関する生理指標を用いた研究
フォーカシング指向心理療法に関する実践研究
担当の授業科目 人間関係プロセス論(カウンセリング・アプローチ)ⅠⅡ
心理臨床実践概論(公認心理師の職責)他

大学で心理学を学ぶことを考える:悩むプロセスとこころの健康を通して

心理学は受験生にとって小・中・高校の学習にはなかった科目でしょう。すでに心理学について調べたことのある人は、実は学習した科目も心理学と重なりがあると知っているかもしれませんが、多くは大学で初めて触れる科目となります。大学で心理学を学んで「え、想像と違った!」と思う学生に遭遇することは少なくありません。

受験生にとって、これまでの生活で心理学に一番よく触れたり知ったりする機会は、学校配属のスクールカウンセラーと出会う機会と思います。全校集会でのあいさつや、学内でのお知らせなどで、その存在に触れたことのある人は少なくないでしょう。そのため、心理学というとカウンセリングを想像する人も多くいます。心理学はカウンセリング以外の分野がむしろ多く、カウンセリングを想像して心理学を学ぼうと思っていた人が、他の心理学を学ぶ場合にもよく想像と違った体験となることもあります。

ただ、カウンセリングに興味のある学生がカウンセリングに関する心理学を学ぶ場合にも、想像と違ったという体験をする場面はよくあります。その一つに、カウンセリングや臨床心理学の「健康観」もあるように思います。「健康」というと、多くの人が同じ意味を共有しているように思えます。しかし、本当に意味は共有されているでしょうか。インターネットで調べると、1番目に「異状があるかないかという面からみた、からだの状態。」(デジタル大辞泉, 小学館)という意味が出てきます。広く理解されやすいのは上記の意味でしょうが、特に「こころの健康」を考えた場合、当てはまらないことがあります。

こころの健康に関して言うと、「悩む」状態や「落ち込む」状態は「病んでいる」と一般的に言われやすいように、一見健康的な状態と言えないかもしれません。「くよくよ悩んでないで前を向こう」、「落ち込んでいても仕方がない」と励まされることがあるように、悩まずにいること、落ち込まずにいられることはたしかに、快適さという観点からは望ましいかもしれません。しかし、私は臨床心理士として思い悩む人や行き詰って落ち込んでいる人にお会いすることも多いですが、その人たちとの関わりから、決して悩むこと、落ち込むことは単純に回避することがいいとは言い切れず、さらにはそうした経験はむしろ、ある意味健康的なプロセスであったと思えます。

「悩む」こと、「落ち込む」ことには、現状にない何かを模索するプロセスが潜んでいる場合があります。それは、当初には悩んでいる本人でさえ分かりません。分からないにもかかわらず漠然とした、けれども確かな不快感があったりします。何かは分からないまでも、それがどんな感覚なのか、何によって引き起こされているのか、これまでの自分の在り方とどのように関わっているのかなどがカウンセリングで模索されます。この模索の過程が、「悩む」過程と言える場合があります。この過程の中で、改めて自分を振り返り、これまでの在り方、感じ方、表し方が注意深く見直されます。そして次のささやかな一歩が見出された後になって初めて、その何かが「これだったのか!」と明白に気づく瞬間が訪れることがあります。悩まずに不用意な一歩を踏み出すことよりも、悩んだり落ち込んだりしながらも、注意深く振り返り模索して踏み出される一歩こそ、大切な一歩のようにも思えることがあります。

このように考えると、カウンセリングは悩まないように支援するというよりも、「悩む」プロセスを支援すると言えるかもしれません。精神的な健康を支援するカウンセリングについて、先述の一般的な健康を前提として悩まないように支援すると考えた場合、想像と違ったと思われるかもしれません。しかし、この想像と違ったという体験は、大学での学びで非常に重要だと私は考えます。大学での大きな学びの一つは、当たり前だと思っていたことに改めて注意を向け、「本当にそうなのか?」と考えることにあると私は思っています。その点で、想像と違ったという体験は、これまで自分が当然だと思っていたことから一歩進んだ状態と言えます。そして、想像と違ったから辞めようと単純に考えるのではなく、自分なりにそれを捉えなおしてみる体験が大学での学びの醍醐味ではないでしょうか。この点は、おそらく心理学だけでなく、多くの学問でも言えることかと思います。記憶する学習も必要ですが、このように既存の意味合いを改めて問い、自分で創造的に考える楽しさをぜひ味わってもらいたいと思いつつ、私は大学での講義に臨んでいます。