南山の先生

学部別インデックス

人文学部・心理人間学科

池田 満

職名 准教授
専攻分野 コミュニティ心理学・プログラム評価
主要著書・論文 『コミュニティ心理学ハンドブック』(東京大学出版会,共著)、『紛争当事国の学生が抱く紛争認識:原因,解決における主体的関与の意識』(応用心理学研究,共著,論文)、『入門 評価学』(日本評論社,共訳,翻訳)
将来的研究分野 心理・社会的問題の予防的介入プログラム開発、プログラム評価理論
担当の授業科目 コミュニティ心理学,人間関係プロセス論(ファシリテーション・アプローチ),人間関係フィールドワーク

「予防すること」を目指す心理学

「マラリア」という病気を知っていますか?ハマダラカという蚊が媒介する伝染病で,熱帯を中心に世界中で毎年,数億人の患者が発生し,数百万人の人が命を落としています。薬で治すことができる病気ですが,マラリアで死者が出ている地域の多くは開発途上国で,充分な医療機関が整っていません。また数億人の患者全員に行きわたるだけの薬を生産することも,数億人の患者を診察し薬を出す医師の人数をそろえることも困難でしょう。では,マラリアの蔓延をこれ以上防ぐことは,不可能なのでしょうか?

実は,簡単な方法があります。マラリアに罹る人を減らせばよいのです。蚊に刺されることで感染するのですから,蚊に刺されないようにすること。市販の虫除けスプレーを利用するのが一番簡単で効果も高いようです。蚊が発生しているところに殺虫剤をまくのもいいでしょう。これなら医師のような専門家も,高価な薬もいりません。また蚊は不衛生な水たまりで繁殖しますから,水たまりができないよう,上下水道を整備することも有効でしょう。これは少し専門的な技術とお金が必要になりますが,いったん作れば長く効果を発揮しますし,マラリア予防以外にもメリットが期待できます。さらには,こうしたマラリアに罹らない方法を一般の人々に伝えれば,多くの人が自宅にある水たまりをきれいにしたり,殺虫剤をまく手伝いをしてくれるかもしれません。こうしてマラリアに罹る人を少しずつ減らしていくことで,マラリアを撲滅することは可能です。実際,日本でも第二次世界大戦以前はマラリア患者が多くいましたが,高度経済成長の中で衛生状態が改善し,現在は国内での患者発生は報告されていません。

では,「マラリア」を「ご近所の騒音トラブル」に置き換えたら,どうなるでしょう?

隣の家のピアノの練習,上の階の人の足音,こうした「騒音」は,ご近所トラブルの原因になりがちです。トラブルをなくそうと思っても,部屋の中で歩くのをやめるわけにはいきませんし,子どものピアノの練習のためだけに一般家庭が防音室を作るわけにも行きません。

しかしこれまでの心理学研究から,騒音を邪魔に感じ被害を被っていると思うかどうかは,騒音の種類や大きさだけで決まるわけではないことが分かっています。ある調査では,下町の雰囲気で昔ながらの人が住む地域の人たちの方が,新興住宅街やマンション等に住む人たちよりも「騒音による被害を受けているという感覚」が低かったそうです。古くから家族ぐるみでご近所づきあいがあるような地域では,隣の人の物音や話声は,騒音ではなく,楽しそうに生活している様子が感じられる心地よい音に聞こえたのかもしれません。知らない子どものピアノの練習音は騒音かもしれませんが,隣の○○ちゃんの間違いだらけのピアノ演奏は,○○ちゃんの成長を感じられる音になるのでしょう。

こうしたことが分かっていれば,マラリアを予防したのと同様に,「音をなくす」以外の方法で「騒音トラブルをなくす」方法が考えられます。例えば新築マンションに,住民が交流できるスペースを作ってはどうでしょうか?単に場所を作るだけでなく,マンションの外の住民も招いたイベントを開催すれば,さらに交流が深まるかもしれません。そうしてお互いが知り合い,仲良くなれば,「被害」が「楽しいこと」に変わる可能性もあるのです。

コミュニティ心理学では,こうした「予防のための取り組み(プログラム)」を計画し,実行するために必要な人の心や行動,人間関係について,実践の中で研究を行っています。またプログラムがうまくいっているかどうかを振り返るためのプログラム評価の方法等についても研究を行っています。コミュニティ心理学では,「全ての人が,人との関わりの中で楽しく幸せに生きること」を実践的研究の中で探しているのです。