南山の先生

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人文学部・日本文化学科

岸川 俊太郎

職名 准教授
専攻分野 日本近現代文学
主要著書・論文 「一九二〇年代における日本文学の国際的位置―谷崎潤一郎のフランス語訳作品を通して―」(『日本文学』、第65巻第9号、2016年、単著)、「『毎月見聞録』の時代―大正期荷風文学と同時代の関わり―」(『日本近代文学』、第91集、2014年、単著)、「大正後期から昭和初期における芥川龍之介と谷崎潤一郎―永井荷風『雨瀟瀟』を媒介として―」(『芥川龍之介研究』、第7号、2013年、単著)、「解説 戦後荷風文学の世界」(永井荷風『問はずがたり・吾妻橋 他十六篇』、2019年、岩波書店、単著)
将来的研究分野 永井荷風・谷崎潤一郎を軸とした近代文学研究、近現代作家の異文化体験、文学とメディアの相関関係
担当の授業科目 近現代文学研究、近現代小説研究、日本文学史C

世界のなかの日本文学

 「日本文学を学ぶ」という言葉から、みなさんはどのようなことを考えますか。日本の代表的な作家や作品について理解を深める、といったことを思い浮かべる人が多いかもしれません。もちろん、それは間違いないのですが、「日本文学を学ぶ」ことは日本のことだけを学ぶわけではありません。日本文学は世界中の様々な文化との交流を通して発展してきました。「日本文学を学ぶ」ことは世界の多様な文化を知ることでもあるのです。

 私の専門分野である日本近現代文学を例にとってみましょう。明治時代の中頃に書かれた「浮雲」(1887-1889)という作品は、日本の近代小説の先駆的作品として知られています。そのような評価を得ている大きな理由の一つとして、この小説が言文一致体という新しい文体で書かれたことが挙げられます。たかが文体と思われるかもしれませんが、現在の日本語と違って、当時の書き言葉は文語体が主流であったため、書き言葉と話し言葉の間に大きな隔たりがあったのです。この隔たりを埋めるべく生まれたのが、話し言葉に近づけた、言文一致体という新たな文体でした。作者の二葉亭四迷が言文一致体で創作することができた背景には、四迷が外国語(ロシア語)に堪能だったということがあります。四迷はロシア文学の作品を原書で読み、その一部を日本語に翻訳しています。こうした異言語体験が、四迷を従来の日本語にとらわれない新たな文体の創出へ導いたといえるかもしれません。四迷の創作活動と翻訳行為は切っても切り離せない関係にあるのです。

 近代以降の多くの作家が、外国の文学・文化を意欲的に摂取することで、日本語の新たな表現世界を切り拓いてきました。日本の近現代文学を深く理解するためには、こうした作家たちの異言語・異文化体験を知る必要があるのです。

 さらに興味深いのは、日本近現代文学の歩みとともに、日本の文学作品が翻訳される立場となり、現在では世界の様々な国で読まれているということです。たとえば、私が研究している作家、永井荷風や谷崎潤一郎の作品に関していえば、すでに1920年代にフランス語に翻訳されています。ノーベル文学賞を受賞した川端康成、大江健三郎をはじめ、三島由紀夫や安部公房といった作家たちの作品は数多く翻訳されていますし、現代では、村上春樹の作品が世界50か国以上の言語に翻訳されています。

 また、現代作家のなかには、リービ英雄や多和田葉子のように、自らの母語とは異なる言語で小説を書いている作家もいます(リービ英雄は日本語で、多和田葉子は日本語とドイツ語の両言語で創作活動を行っています)。こうした文学的営みからは、従来の「日本文学」の枠組みではとらえきれない、多様性に満ちた新たな「文学」の姿がみえてきます。世界という視点から「日本文学」を見つめ直してみませんか。