南山の先生

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人文学部・日本文化学科

平子 達也

職名 准教授
専攻分野 言語学
主要著書・論文 「出雲方言アクセントの分布と歴史--2拍名詞4類と5類のアクセントをめぐって」『筑紫語学論叢Ⅲ:日本語の構造と変化』風間書房.2021年3月.
「日本語アクセントの史的研究と比較方法」長田俊樹(編)『日本語「起源」論の歴史と展望:日本語の起源はどのように論じられてきたか』三省堂.2020年2月.
「木曽川方言文法概説」『国立国語研究所共同研究プロジェクト「日本の消滅危機言語・方言の記録とドキュメンテーションの作成」愛知県木曽川方言調査報告書』2019年3月.(共著)
将来的研究分野 日本語諸方言を対象とした記述言語学的研究と,それにもとづく歴史言語学的研究
担当の授業科目 日本語学概論,日本語音韻論,日本語史Ⅱ

方言の研究と「日本祖語」

琉球列島を含む日本列島は南北に長く,そこで話される言葉は,地域によって少しずつ異なります。そんな地域特有の言葉のことを,我々は「(地理的)方言」と呼んでいます。では,それぞれの方言は,いつ,どのようにして生まれたのでしょうか。

言語学では,互いに親縁関係にあると考えられる言語・方言は元々1つの言語であって,それが様々な方向に変化した結果,現在見られるような姿になったと考えます。その「元々の言語」は「祖語」と呼ばれます。日本語の場合で言えば,現在話されている日本語の諸方言は「日本祖語」から色々な方向に変化して,分かれ出たものだということになります。日本祖語は一体どんな姿をしていたのか,現代の諸方言は日本祖語からどのような変化を経て今の姿になったのか −−−− これらの問に対するこたえを,現代諸方言と文献資料に反映されている古代日本語の研究を通して導き出すことが,私の言語研究における大きなテーマです。

現在私は,島根県の出雲地域及び隠岐の島で話される方言と,愛知県西部の尾張地域で話される方言の調査・研究に主に取り組んでいます。尾張方言は,私にとって母語(母方言)でもあるのですが,調査をする度に,自分が伝統的な尾張方言を継承できていないことを痛感しています。例えば,伝統的な尾張方言では,「愛知」のことを「アェーチ」のように発音しますが(「アェ」は英語の曖昧母音[æ]の音),私はこの発音を持っていません(発音自体はできますが,それは中学時代の英語の授業等で身につけたものです)。調査するまで知らなかった伝統的な語彙(「料理する」ことを「リョール」と言うなど)も多々あります。これらの事実は,伝統的な尾張方言が,少しずつ消滅に向かっていることを意味しています。私の子の世代で,尾張方言を話すことができる人は,私の世代よりもかなり減ってしまうでしょう。そして,このことは日本中の方言に当てはまることなのです。方言の研究は,今がまさに踏ん張りどころで,あと数十年もしたら,少なくない数の方言は,それを調査・研究することが不可能になるでしょう。

方言というと,上記のような発音や語彙が単に標準語と違っているだけで,時には単なる「訛り」として捉えられることもあります。しかし,方言には標準語にない文法的な特徴が見られることもあります。例えば,伝統的な尾張方言では,標準語の「〜ている」(書いている)にあたる言い方として「〜ョール」(カキョール)という言い方と「〜トル」(カイトル)という言い方があります。この2つの言い方は,標準語にすると「〜ている」という1つの表現になってしまいますが,実は前者は「動作の継続(進行)」を表し,後者は「結果の継続(状態)」を表しています。同じ標準語の「葉っぱが散っている」にあたる言い方でも,「(葉っぱが)チリョール」と言えば,まさに葉っぱがハラハラと宙に舞って地面に落ちていく様を表し,「チットル」と言えば,基本的には葉っぱが地面に落ちてしまっている状態を表します。標準語では表現し分けることが難しいことも,尾張方言では簡単に表現し分けてしまうのです。

実は,このような「進行」と「状態」の形式上の区別は,西日本の諸方言では多く見られますが,尾張方言のすぐ隣の地域で話される三河方言には見られません。同じ愛知県の方言なのに,尾張と三河で方言の体系は随分異なります。地元で生きる研究者として,そういった地域間の違いも含めて,愛知県とその周辺の方言の全貌を明らかにすることが出来ればと思っています。その先には,もしかしたら「日本祖語」の姿が見えてくるかもしれません。