南山の先生

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人文学部・日本文化学科

坂井 博美

職名 教授
専攻分野 日本近現代史・ジェンダー史
主要著書・論文 『「愛の争闘」のジェンダー力学―岩野清と泡鳴の同棲・訴訟・思想―』(ぺりかん社、2012年、単著)、「「家庭」のなかの階級―大正期フェミニストの「女中」雇用―」『ジェンダー史学』(第4号、2008年10月、単著)「女中雇用と近代家族・女性運動―一九三〇年代日本を対象として」『歴史評論』(722号、2010年6月、単著)。
将来的研究分野 「家事使用人」雇用からみる労働・家庭・ジェンダー、近現代日本の労働観、近現代の性売買
担当の授業科目 日本文化史概説、日本文化史C、表象文化論

歴史とジェンダーから社会、文化の仕組みを問いなおす

"家族"あるいは"家庭"という言葉を聞いて、どのようなイメージが浮かびますか。お父さんとお母さんに、子どもが二人くらい、そしてこれらの家族はそれぞれ、お父さんはサラリーマンとして勤務、お母さんは家事や子育てを専業的に担当、あるいは家事に加えて外でも働いていて、子どもたちは学校に通っている、というイメージをまず思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。実際にはこのような家族形態をとっていない人も多いのですが、上記の姿が家族のイメージやあるべき姿として一般化しているといえるでしょう。そして、これまで続いてきたこのような家族の形が現在崩れつつあり様々な問題はそれゆえ生じている、といわれることもしばしばあります。

しかし実は、このようなイメージや実態としての家族像は、それほど昔からあるものではなく、政治や経済、社会の変動と密接に連関しながら、ここ100年前後の間に形成されてきたものです。産業化の進行のなかで、金銭を稼ぐための職場と、寝食の場が分離していき、男性が前者の場での労働を、女性が家内で家事、育児を担当するという、現在のようなかたちの性別役割分担が形成されていきました。わたしたちにとって馴染み深い「家庭」や「主婦」という言葉とイメージは、こうした流れのなかで明治期、大正期以降に浮上し、浸透していったものであることが、近年の研究のなかで明らかにされています。近代化のなかで、期待される家事の水準は高まり、育児のあり方も変化しますが、女性たちはそれらを主体的に担い、完璧に行う「良妻賢母」になることが期待されました。女子教育ではこのような良妻賢母像が強調され、メディアでも女性の「主婦」としてのイメージが、望ましく、かつ魅力的なものとして描かれていきます。

現在社会の問題を考えるためには、その問題を社会の構造との関係のなかで検討する必要がありますが、その際、歴史の視点から考えることも重要な手がかりとなります。わたし自身は、近現代日本の歴史について、ジェンダーの視点を主な軸にして検討してきましたが、たとえば、冒頭で述べた家族像をひとつとっても、わたしたちがもつ家族のイメージや実態が、どのような時期にいかなる背景で誕生し、展開していったのか、そうしたイメージが排除したものはなにか、そしてそこにはどのような問題が内包されてきたのかを考えることは、現在の人々の生と人と人の間の関係性を問い直し、新たな関係性のあり方を模索する際の道具のひとつとなります。

近現代の社会と文化のなかで、女性や男性はいかなる存在としてイメージされ、実態として社会のなかでどのように配置され、いかに生活していたのか。それらは階層、民族などによってどのように異なるのか。その他、検討すべき問いは無数に広がっています。様々な要素が複雑に織り込まれた社会と文化を解きほぐす作業に参加してみませんか。