南山の先生

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人文学部・日本文化学科

森田 貴之

職名 教授
専攻分野 中世日本古典文学、和漢比較文学
主要著書・論文 「『太平記』と元詩―成立環境の一隅―」「天正本『太平記』増補方法小考―巻四「呉越戦の事」増補漢詩について―」「『太平記』の漢詩利用法―司馬光の漢詩から―」「唐鏡考―法琳の著作の受容―」
将来的研究分野 軍記物語を中心とした中世の歴史文学の研究
担当の授業科目 「日本文学史A」「古典資料講読」「モダンの系譜―文学をめぐって2―」「中世文学研究」「日本文化学演習」「日本文化学基礎演習」

軍記物語の力

軍記物語には、有名無名を問わず、数多くの人間が登場します。合戦の場面だけをみても、一騎当千の働きを見せる勇将や智略を駆使して敵を陥れる智将だけではなく、味方が形勢不利になるとすぐに敵に寝返ってしまう臆病者や、血気に逸って犬死にするものまで、そこには多種多様な生と死があります。また、血なまぐさい合戦の場面だけではなく、時には笑いを禁じ得ない場面や涙をさそう場面も用意され、読者を飽きさせません。実際に、軍記物語は、中世以降、最も人気のある文学作品であり続けてきました。

そうして、読者の支持を獲得した軍記物語からは、多くのヒーローが生まれました。

例えば、源義経が代表的です。2005年、NHKの大河ドラマで『義経』が放映され、滝沢秀明氏が主役の源義経を演じていました。中性的な魅力のあった当時の彼は、平家を滅ぼした天才的な英雄でありながら悲劇的な最期を遂げた美男子、という義経のイメージにあわせて、キャスティングされたのでしょう。

現代の日本人が持つ、そうした義経のイメージのもとになったのは、『平家物語』と『義経記』という、ふたつの軍記物語の中の義経です。『平家物語』には、彼が様々な作戦によって連戦連勝を続ける姿が描かれ、『義経記』では、義経が、楊貴妃や李夫人にもたとえられるような絶世の美男子として登場します(実は醜いという描写もありますが)。こうした彼のイメージが軍記物語を通じて人々に知られるようになり、江戸時代には、作品の形を変えてさらに大きく広がり、新たな伝説も付け加わり、義経はヒーローとして我々日本人の中に定着していったのです。

軍記物語が、義経という人物を魅力的な人物として描き出し、読者に示していたからこそ、こうした現象が生じたといえるでしょう。軍記物語は、記録の中の過去の人物に、新たな生を与え、甦らせ、後の時代へと伝えていく役割をは果たして来たのです。

軍記物語が描き出す、中世という時代は、日本歴史上、最も社会秩序が揺れ動いた時期です。実際の出来事としては、様々な政治や人間関係が複雑に絡み合っていたはずです。しかし、「年表」や「記録」ではなく、「物語」である以上、そこには作品を一貫した「筋」が必要になります。ですから、軍記物語の作者は、現実の歴史に対して、出来る限り明快で、説得力のある「筋」を付けようと苦心しています。そして、その「筋」を通すため、時には真っ赤なウソをつくこともあります。日付を操作して出来事の順番を入れ替えたり、登場人物の性格をでっち上げたり...。そうしたウソや間違いを分析し、作者の考えた「筋」をたどっていくと、そこに歴史を物語化するために腐心する作者の姿が見えてきます。軍記物語は、描かれている時代と物語が書かれた時代という、二つの時代を生きる人間の姿を私たちに知らせてくれるのです。

軍記物語を通して、中世史のダイナミズムを感じ、物語そのものを楽しむと同時に、実際に起こった出来事に制限されながら、それを読み物として成立させるという困難に立ち向かった物語作者の姿を求めていきたいと思っています。