南山の先生

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人文学部・日本文化学科

西岡 淳

職名 教授
専攻分野 中国文学・漢文学
主要著書・論文 「『剣南詩稿』に於ける詩人像―「狂」の詩人陸放翁―」(『中国文学報』第40冊)、「楊誠齋の詩」(『中国文学報』第42冊)、「関於陸游詩中的“隠者”」(南京大学中文系編『文学研究』第3輯)、「范成大の詩風―連作を中心として―」(『愛媛大学法文学部論集』文学科編第29号)、「唐宋の詩人と酒―陶淵明と白居易、蘇東坡―」(『愛媛大学法文学部論集』人文学科編第3号)、「陸游の詩論」(『南山国文論集』第23号)。以上すべて単著。『市河寛斎』(研文出版)。共著。
将来的研究分野 詩文を中心とした中国文学研究
担当の授業科目 「中国古典研究」「漢文学概論」「漢文学」「漢文学研究」「日本文化学演習」

あなたのなかの異国

日本人が日本人としての自覚を否応なしに持たされる。少なくとも私の場合、それは外国に暮らし、外国の人たちと真剣に会話をするときでした。ご存知のように、日本語は中国のことばに多くを借りています。漢字は中国製ですし、漢字の音読みは中国大陸から仏教や遣唐使などにより伝わったもの、日本語の漢字音の中には、現代中国語では既に失われた古い発音も生き続けています。そうした歴史的経緯をもつことばを日常的に使う私が、その原材料を与えてくれた中華文化圏の人と話をするとき、日本人とは何か、日本の文化とはそもそも何なのかという問題を、どうしても考えさせられます。

私は中国の文学を相手にしています。ただ、一口に中国と言っても、たとえば現在の大陸中国には、チベット・モンゴル・ウイグルなど、五十以上の様々な民族が暮らしており、いわばそれ自体が世界の縮図だと言ってもいいでしょう。そうした状況が中国文化の歴史と共にあったこと、李白も「いずれの所か別れを為すべき、長安の西綺門。胡姫[西アジア系の女性]素手もて招き、客を延(ひ)いて金樽に酔う」とうたっています(この読み方が、中国語を日本語で読む訓読という方法)。国際性という点では長安に及びませんが、時代が下って宋の都の様子を描いた書物には、酒店・料理屋・市場・遊廓が甍を連ねる活気に満ちた街並み、またそこで出される料理のメニューからボーイの接客態度さえ事細かに書かれています。当時は演芸場の類も多く、落語や芝居、軽業のようなものから、後に「三国志演義」等へと発展してゆく、講談に似た語り物の演目ものまで記録されています。そうした都市の賑わいのなかから生まれてきた小説や戯曲のような文学の隆盛がある一方、都市生活を嫌って郷曲に隠棲し、自己と社会の関わり方や、社会そのものの持つ矛盾について思索を重ねるような人の文学にも、星霜を経て今日に伝わるものが少なくありません。それらは一見抽象的で堅苦しく見えるかもしれませんが、その実多くは先の李白の作のように、自分の日常生活をふんだんに描いており、あたかも時間を超えて古人と親しく対話しているかのような心境にさせてくれます。

日本人は、この中華世界からさまざまなものを摂取してきました。漢文学はその遺産だと言えるかもしれません。その遺産の幾分かは、今もしっかりと日本人の生活に根付いています。時にそれを外側から見つめることで、日本文化に対する視野も広がるでしょう。日本の文化を考えるときには外国人の視点を持ち、外国の文化を学ぶ際には日本人の視点を失わないようにすること。月並みかもしれませんが、忘れてはならないことではないでしょうか。新しい情報や方法もとりいれて、そのような場を皆さんに提供したいと思います。