南山の先生

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人文学部・キリスト教学科

加藤 久美子

職名 教授
専攻分野 聖書学(ヘブライ語聖書)、宗教史学
主要著書・論文 『共生と平和への道−−報復の正義から赦しの正義へ 』春秋社、2005年(共著)
「箴言第II部の格言における二句一組の形式に関する一試論-並行法の<新定義>を参照して- 」『旧約学研究』第12号, 2016年, pp. 59-82(単著)
将来的研究分野 第二神殿時代前期のユダヤ教における知恵的テクスト
担当の授業科目 「旧約聖書学」、「聖書入門A」、「聖書ヘブライ語初級」、「聖書ヘブライ語中級」

旧約聖書(ヘブライ語聖書)研究の2つの視点

キリスト教の聖書は、多数の文書を集めた文書集であり、全体が「旧約」と「新約」と呼ばれる2つの部分に分かれています。「旧約」に含まれている文書のほぼすべてがヘブライ語で書かれているので、「旧約」は「ヘブライ語聖書」とも呼ばれます。

ヘブライ語聖書(旧約聖書)は今から3000年-2000年前(紀元前10世紀頃-前2世紀頃)に成立し、多くの言語に翻訳されて、読みつがれてきました。聖書と聞くと、キリスト教の信者のきまりが書かれていると思うかもしれませんが、ヘブライ語聖書(旧約聖書)の文学ジャンルは多様です。最も多くみられる文学ジャンルは、物語で、他に預言や詩歌などがあります。詩歌の一部を紹介しましょう。

わたしの神よ、わたしの神よ/なぜわたしをお見捨てになるのか。
なぜわたしを遠く離れ、救おうとせず/呻きも言葉も聞いてくださらないのか。
わたしの神よ、昼は、呼び求めても答えてくださらない。/夜も、黙ることをお許しにならない(詩編22編2-3節)

これは苦境に陥った人が神の前で苦しみを訴え、助けを求める歌です。祈り手は孤立にさいなまれていますが、神に信頼して「わたしの神よ」と繰り返し呼びかけています。「詩編」にはこのような嘆きの歌のほかに、神の救いを感謝する歌や神を賛美する歌が集められています。

つぎに同じ詩歌でも、主題が全く異なる「雅歌」をご紹介しましょう。

恋しい人の声が聞こえます。/山を越え丘を跳んでやって来ます。
恋しい人はかもしかのよう/若い雄鹿のようです。(中略)
恋しい人は言います。
「恋人よ、美しいひとよ/さあ、立って出ておいで。
ごらん、冬は去り、雨の季節は終わった。
花は地に咲きいで、小鳥の歌う時が来た。/この里にも山鳩の声が聞こえる。」(雅歌2章8-12節)

これは、若い女と男が相手への恋心を歌い交わす詩を集めた「雅歌」の一節です。

このように、詩歌ひとつをとってもヘブライ語聖書(旧約聖書)には多様な種類のものが含まれています。なぜ聖書に、神を賛美する歌だけではなく、神が答えてくれないと嘆き訴える歌が含まれているのでしょうか。また、なぜ若い女と男の恋の歌が含まれているのでしょうか。そして、これらの詩歌は宗教共同体においてどのように読まれてきたのでしょうか。

これらの謎を解くためには、2つの視点からの研究が必要です。1つは、ヘブライ語聖書に含まれる文書の成立の時に遡って、成立の時代状況における文書の意味を明らかにする研究で、これを「聖書学」といいます。もう1つは、ヘブライ語聖書の諸文書が宗教共同体において「聖書」すなわち特別に権威ある書になった後どのように解釈されたか、また現在解釈されているかを明らかにする研究で、これを「聖書解釈史」といいます。ヘブライ語聖書(旧約聖書)には、約800年の成立過程と2千年以上の解釈史があり、聖書学も聖書解釈史も研究対象はきわめて豊富です。南山大学ではこの2種類の研究を学ぶ授業が用意されており、私の担当科目では、聖書学を学ぶことができます。今から2千年以上前の社会において、孤立に苦しむ人の嘆きの歌が、また女と男の恋の歌がいかにして成立したのかを探求する旅に出てみませんか。

*聖書の引用は『聖書 新共同訳』日本聖書協会による。