学部別インデックス
人文学部・人類文化学科
安倍 里美
| 職名 | 准教授 |
|---|---|
| 専攻分野 | 倫理学、メタ倫理学 |
| 主要著書・論文 | 『倫理学 3STEPシリーズ(5)』(共著、2023年、昭和堂) 『応用哲学 3STEPシリーズ(6)』(共著、2023年、昭和堂) “On the Duality of Reasons and Time- Relativity of Obligations”, 単著,2025, Studi di estetica,第32号,pp.1-25. |
| 将来的研究分野 | 時間相対性に着目した、道徳的義務の規範的拘束力の解明 |
| 担当の授業科目 | 倫理学、哲学概論、近世哲学史Ⅰ、近世哲学史Ⅱ、人類文化学基礎演習ⅡB |
まず、不思議なものとして道徳を捉えること
道徳は私たちにとって馴染み深いものですが、倫理学という学問で何より大切なことは、この馴染み深いはずのものが、実はとても不思議なものなのだと発見することです。
たとえば、おそらく私たちの多くは、「約束は守らなければならない」と当然のように考えています。しかし、なぜ人は約束を守らなければいけないのでしょうか。私が一番に思いつくのは、破ったら約束の相手を傷つけることになったり、周りの人に嫌われたりすることになるから、という答えです。ですが、そもそものところなぜ、私が約束を破ると私の約束の相手やそのほかの周りの人が嫌な思いをすることになるのでしょうか。
たぶん、この問いへの一つの答え方は「約束をしたら、それを守るというのが決まりごとだからだ」というものでしょう。みんなのあいだで通用している決まりごとに則る仕方で約束をしたら、その決まりごとに従って約束を守らなければいけない。この決まりごとがあるから、約束の相手を含む周りの人は、「私は約束を守るに違いない」と当然のように期待する。私がこの期待に沿わなければ、約束の相手や周りの人は裏切られたような気持ちになる。私たちのあいだの信頼関係は私たちの決まりごとが守られなければ崩壊してしまうのだ......。といった具合に答えは進んでいくでしょう。
この答えでも十分に思われる反面、どこかスッキリしない部分も残ります。というのも、この「決まりごと」というものを決める話し合いに私は参加したわけではありませんし、あらかじめ用意されていた約束に関する取り決めに従うとどこかの時点で決心したわけでもないからです(従うかどうか決めるためにじっくり考える余地すら与えられていません)。どちらかというと、この「決まりごと」自体が、私には交わした覚えがないのに、いつの間にか私を縛っている約束のようにさえ感じられます。
そんな「約束」がまかり通ること自体も不思議ですが、それ以上に不思議に感じられるのは、一つ一つの道徳の決まりごとに関わる経験----誰かを裏切ってしまったり、誰かに裏切られてしまったりすること、あるいは誰かに約束を守ってもらってとても幸せな気持ちになること、約束を真剣に守ってみることなど----を通してでなければ、私たちは世界について十分に知ることができないように見えることです。道徳の不思議さは、私たち自身の存在が持つ不思議さとも繋がっています。
道徳とはいかなるものなのかと考えてみることは、道徳の胡散臭さにも、道徳の重要性にも接近していく試みです。その面白さを、できるだけ多くの学生さんに伝えることができればと思っています。