南山の先生

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人文学部・人類文化学科

藤川 美代子

職名 准教授
専攻分野 文化人類学
主要著書・論文 『水上に住まう―中国福建・連家船漁民の民族誌』(単著)、「定住本位型社会で船に住まいつづける―国家による複数の管理システムを生きる中国福建南部の連家船漁民」(単著)、「「よい石花菜」とは何か―台湾東北角におけるGelidiaceaeの採集・加工・売買をめぐる民族誌的研究」 (単著)
将来的研究分野 移動と定住 日常と差別 海藻の採集・加工・流通
担当の授業科目 異文化との接触、日本との出会い、民族誌論、フィールドワーク

船に暮らす人々との出会い

陸上に田畑や住居を持たず、家族で漁をしたり、漁獲物・日用品の水上運搬をしたりしながら、船を住み処として水上で暮らす人々。寝て、起きて、顔を洗って、洗濯をして、ごはんを作って食べて......といった毎日の営みから、結婚、出産、子育て、そして死を迎えるまでのほとんどの時間を船の上で過ごすと聞いたら、どのような人たちを想像するでしょうか。

私はこの約10年の間、中国南部の福建省を流れる大河でこんなふうに暮らしてきた、「水上居民」と呼ばれる人々に関心を寄せています。彼らは周囲の人々から、多数派の漢民族とは違う「野蛮な異民族」、あるいは「身分の低い人」、「経済的に劣った可哀そうな人々」などと見なされてきました。そのために、水上居民の人たちは市街地や農村の人と結婚することはほとんどなく、船での移動生活のために子どもたちの通学率は極端に低く、結果として漢字が読めないこと、標準中国語が流暢に話せないことが陸上での「普通」の仕事を得る機会を阻むという状況も起きています。つまり、水上居民の人々は、「普通」でない一風変わった生活をしているというそれだけのことで、多数派コミュニティから排除されてきたといえます。

現代中国の政治や経済は、目まぐるしく動き続けています。その中で、水上居民の人々は政府の救済を受けて集合住宅を獲得し、子女に義務教育を受けさせることが可能になり、工場労働に就く人や農村の人と結婚する人も現れました。そう聞くと、彼らも以前に比べてずいぶんと「普通」で「まとも」な暮らしを手に入れることができたと感じるかもしれません。私は、こうした変化を経た後の水上居民のもとに赴いて、生活を共にしながら人類学的なフィールドワークをつづけてきました。

そうするうちに、だんだん不思議なことが見えてきました。彼らの実に77%以上が、陸上の家屋を手に入れた後でも、内海や外海へ漁に出ていて、その大半は夫婦や家族で3ヶ月から半年もの間、出漁先に泊めた漁船で寝泊まりしながら過ごすことがわかったのです。休漁期に漁港へ戻っても、船で食事を摂り、昼間は船で網を修繕したり、洗濯物をしたりし、夜は漁具を見張るためだといってやはり船で寝るという人も多くいます。そう、彼らは陸上の家屋に、あまり居ついていないのです。水上居民の人たちにとって、水上と陸上の世界を股にかけて生活を営むことが自然で、充実したものであるように見えます。だとすれば、彼らの船上に住まうという生活や生業の形を、「悲惨」だとか「可哀そう」、あるいは「救済すべき」と見せかけているのは、誰の、どのようなまなざしなのでしょうか。

私が知ろうとしているのは、とても小さな範囲に暮らす、全体で5,000人にも満たない少数派の人々の歴史・社会・経済・文化といったものです。この世界を、統計などの量的調査に基づくデータで理解しようとすれば、水上居民の人など、「例外」として切り捨てられてしまうような存在でしかありません。それでも彼らに注目するのは、なぜでしょうか。それは、私たちが「普通」だとか「常識」だと考えている生き方や価値観が、本当は無数にある可能性のうちの一部にしか過ぎないことを、彼らの生き方が教えてくれるからにほかなりません。

自分の生き方や考え方が周囲の「常識」に馴染まず悩むことは、多くの人が経験するものと思います。その時に、立ち止まって、自分が縛られている「常識」とは何なのかと問いかけてみること、もしかしたら別の世界には別の形の「普通」があるかもしれないと思いを巡らせてみること(=人類学的な姿勢)ができたら、ほんの少しだけ気が楽になるかもしれないな、などと考えています。

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写真:大型漁船に集まって、神明の誕生日を祝う水上居民の人々