南山の先生

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人文学部・人類文化学科

青柳 宏

職名 教授
専攻分野 言語学
主要著書・論文 『日本語の助詞と機能範疇』 ひつじ書房 2006年. Morphological case marking as phoneticization, in Proceedings of the Linguistic Society of Korea International Conference, 2004.
将来的研究分野 普遍文法と個別言語の関係
担当の授業科目 「知識・言語と情報社会(ことばとは)」「言語学概論」「人類文化学特殊講義」「人類文化学基礎演習」「人類文化学演習&研究プロジェクト」

日本語と韓国語は兄弟か?

ここ数年の『韓流』ブームの影響で韓国語を勉強する日本人が増えているようです。隣国を理解するのにその国のことばを学ぶことは大きな助けになりますから、これはとてもよろこばしいことだといえましょう。そもそも韓国語は日本人にとってとても学びやすいことばだといわれていますが、その理由のひとつは、語順や文法がとてもよく似ていることです。たとえば、

(1) ぼくは 昨日 図書館で 勉強した。

という日本語の文で、「ぼく→」「は→」「昨日→」「図書館→」「で→」...とそれぞれの単語や助詞を韓国語に置き換えてゆくと、そのまま、

(2) .

という正しい韓国語の文になります。英語のように、主語のあとに動詞が来て、目的語はそのあとで...などと考える必要はないわけですから、語順が同じというのは本当にラクです。もちろん、韓国語には三単現の-sもありませんし、疑問文における倒置などもありません。

また、韓国語と日本語は単語までよく似ているといわれることがあります。「キムチ()」や「ビビンバ()」のような韓国料理の名前はそのまま日本でも使われていますね。それ以外にも共通の語彙がたくさんあります。たとえば、つぎの例は、一から九までの数字です。

(3) (イル)(イー)(サム)(サー)(オ)(リュク)(チル)(パル)(ク)

特に、三、六、九、などは日本語とよく似ていますね。さらに、(2)の「(トソグァン)」(=図書館)もそうですし、

(4) (キオク) (トグ) (ヤクソク) (シ)

は、それぞれ、「記憶」「道具」「約束」「詩」という意味なのですが、やはり日本語と驚くほどよく似ています。それでは、これらの事実をもって、英語とドイツ語、スペイン語とイタリア語のように、日本語と韓国語が兄弟のことばだと結論することはできるのでしょうか。

じつは、答えは、否です。

さきほど(3)や(4)で日韓語には類似した単語が多い点を指摘しましたが、よく考えてみれば、これらの語彙はすべて漢語系(つまり、中国語起源)の単語です。歴史的にみれば、日本も韓国も中華文明から多大な影響を受けた時代があり、その時期に文化とともにたくさんの語彙が流入しました。その結果、漢語系の語彙が両語の語彙全体に占めている割合は60~70%にも及ぶといわれています。このように、日本語と韓国語はどちらも漢語をたくさん借用しているわけですから、似ているように見えても不思議はないわけです。

第2次大戦後、日本語は漢語以上に英語の影響を受け、われわれは日常的にたくさんの英語からの借入語を使っています。しかし、いくら「カタカナ英語」を駆使して、

(5) ミーは ニューヨークで ショッピングを エンジョイするのが ホビーざーますの

のように言ったとしても、決して英語を話していることにはなりませんよね。これと同じで、日本語と韓国語がはたして兄弟といえるかどうかを考えるときには、共通の外的影響(この場合、漢語のこと)を除外して考えなければならないのです。

ある言語と言語が近親関係にあるかどうかを見極めるときに、外的影響を受けることの少ない、固有数字、親族関係を表すことば、身体部位を表すことばなどの基本語彙が類似しているかどうかが重要な手がかりとなります。たとえば、英語のone, two, three, father, mother, hand, footはドイツ語ではそれぞれein, zwei, drei, Vater, Mutter, Hand, Fus となり、当然のことながら両語の類似性は明らかです。ところが、同じことを日本語と韓国語でやってみますと、

(6) ひとつ:(ハナ)、ふたつ:(トゥル)、みっつ:(セッ)、おとうさん:(アボジ)、おかあさん(オモニ)、て:(ソン)、あし:(タリ)

となり、まったくといってよいほど似ていません。つまり、これら基本語彙の比較からは日本語と韓国語の近親性は導き出せない、ということです。

実際、日本語と韓国語の近親関係については、両国の学界でも定説がありません。さらに、文法がよく似ていることは事実ですが、すべてが同じわけではありません。たとえば、「太郎は雨に降られた」のような文を被害の受身文といって、英語に直訳できない("Taro was rained"とはいえない)ことがよく知られていますが、この文は韓国語にも直訳できません。また、「太郎は医者になった」は韓国語では「太郎は医者がなった」というふうに言います。

以上のように、日本語と韓国語が兄弟なのか、それとも「他人のそら似」なのかは依然として謎のままですし、両語の間にはとても微妙な表現、文法上の違いがあって、興味がつきません。

英語に片思いしながらフラレてしまった、あなた、外国語は苦手だとあきらめるのは早いですよ。韓国語ならあなたに振り向いてくれるかもしれませんからね...