南山の先生

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人文学部・人類文化学科

吉田 竹也

職名 教授
専攻分野 文化人類学
主要著書・論文 『バリ宗教と人類学―解釈学的認識の冒険』(単著)、『反楽園観光論―バリと沖縄の島嶼をめぐるメモワール』(単著)、『人間・異文化・現代社会の探究ー人類文化学ケースブック』(単著)、『地上の楽園の観光と宗教の合理化―バリそして沖縄の100年の歴史を振り返る』(単著)、『生き方としてのフィールドワーク―かくも面倒で面白い文化人類学の世界』(共著)
担当の授業科目 「文化理論」「地域の文化と歴史」など

楽園観光の人類学

私は、インドネシアのバリ島と日本の沖縄をおもなフィールドとして、文化人類学(以下、人類学と略します)の立場から観光や宗教について研究しています。とくに最近は、「楽園観光地」の研究に取り組んでいます。

バリも沖縄も、「楽園」イメージ――青い海、白い砂浜、青い空、サンゴ礁や熱帯魚、色鮮やかな花、素朴で心優しい人々、彼らが守り伝える歌や踊りなど――を売り物とした観光地です。南海の島々をこうした「楽園」イメージで捉え、そこに外部の人々が訪れるという現象は、19世紀後半にさかのぼります。たとえば、ゴーギャンで有名なタヒチでは、このころから楽園イメージにもとづく観光地化がはじまりました。資本主義大国アメリカに組み込まれたハワイで急速に観光地化が進んだのは、20世紀前半です。バリの観光地化もおなじころでした。20世紀後半になると、大型ジェット機を利用した大衆観光時代が到来し、世界各地で楽園観光地が造成されていきます。沖縄の本格的な観光地化はこの時代です。

「楽園」という甘美なイメージに反して、世界各地で楽園観光地がつくられる過程には、支配・抑圧・暴力などが介在しています。たとえば、ハワイでは、19世紀末に白人勢力が現地の王権を倒し、原住民から土地を奪っていき、その後アメリカ本土の資本と結びついた観光開発が進みました。ハワイや沖縄本島の観光地化は、アメリカ軍の駐留と密接に関係していました。タヒチの観光地化は、第二次世界大戦中のアメリカの基地建設と、1960年代のフランスによる近海での核実験、それにともなう空港・海港の軍事拠点化が、その背景にありました。バリの観光地化も、オランダによる植民地支配下の出来事です。また、米軍支配下の沖縄の観光地化は、沖縄での地上戦で多数の人々が亡くなったことを受けての慰霊観光をその出発点としていました。

私は、こうした楽園観光地が抱えている明るい面と暗い面、あるいは光と闇の交差を、近現代の複雑なメカニズムに照らして考えたいと思っています。たとえば、経済的に豊かな生活を送っている人々は、ホームから遠く離れたところにある南の島の「楽園」に赴き、ひとときの休息を享受することができます。しかし、彼らが癒しをもとめて訪れる「楽園」観光地の周辺で暮らし、そこで観光業に従事する人々は、経済的にはむしろ貧しいかもしれません。楽園観光には、南北問題や世界の経済格差があらわれているといえます。また、観光者は、経済的には豊かでも、日々の暮らしの中で精神的・肉体的なストレスにさらされているからこそ、南の島での癒しをもとめるのかもしれません。とすれば、支配や抑圧に苦しんでいるのは、ホストもゲストもおなじといえます。

人類学という学問は、人間の生きざまを直接的な経験のレベルに照らしてとらえようとする、ある意味で泥臭い学問です。私は、こうした楽園観光地に生きる人々の思いや彼らの文化や歴史について、インタビューや文献資料などを通して学びながら、観光を切り口として近現代(モダニティ)について考察しています。