南山の先生

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外国語学部・スペイン・ラテンアメリカ学科

小阪 知弘

職名 准教授
専攻分野 現代スペイン演劇、比較文学
主要著書・論文 『村上春樹とスペイン』(単著)国書刊行会、2017。
『ガルシア・ロルカと三島由紀夫』(単著)国書刊行会、2013。
「リュイサ・クニリェの劇作品における並行世界―『あの無限の風』(2002)を中心に―」(単著)『アカデミア』南山大学、文学・語学編(103)、93-119頁。
将来的研究分野 ガルシア・ロルカの前衛劇における演劇概念、20世紀スペイン演劇の理論的展開
担当の授業科目 スペイン文学A、スペイン文学B、ヨーロッパとの出会い、スペイン文学研究

現代スペイン演劇

私はスペイン文学、とくに現代スペイン演劇と比較文学を専門としており、南山大学ではスペイン文学全般と「ヨーロッパとの出会い」と題したスペイン文化全般の講義などを担当しています。スペイン文学の講義では、<スペイン文学にみるスペイン人の精神構造>を取り上げながら、講義をおこなっています。スペイン人の精神的特性のひとつに<情熱>があります。イギリス人は「考えた後に、走る」民族で、フランス人が「走りながら考える」のに対して、スペイン人は「走ってしまった後に考える」民族であると言われています。つまり、スペイン人は自らの<情熱>に基づいて、行動する民族であると見なされているわけです。スペイン人の精神構造の根底に流れる<情熱>は、スペインの文学作品にも多く観察されます。例えば、20世紀を代表する詩人で劇作家のガルシア・ロルカ(1898-1936)が創造した劇作品である『血の婚礼』(1933)では、花嫁をめぐって花婿と花嫁の昔の恋人であるレオナルドとが争うことになるのですが、この三角関係の根底にあるのは、<情熱>だと言うことができるのです。このように、<情熱>はスペイン人の精神構造における最大の特性のひとつであるわけですが、スペイン人が全面に押し出す<情熱>の裏側には実は<嫉妬>が潜んでいるのです。

<嫉妬>もスペインにおける多くの文学作品に見られます。スペイン黄金世紀文学を代表する劇作家であるロペ・デ・ベガ(1562-1635)の作品である『オルメドの騎士』で、主人公であるドン・アロンソは馬上試合で戦って倒したドン・ロドリーゴに恨まれてしまいます。結果的に、ドン・ロドリーゴは物語の最終局面において友人と一緒にドン・アロンソを闇討ちすることになるのです。なぜなら闇討ちをおこなったドン・ロドリーゴはドン・アロンソの恋人であるドニャ・イネスのことを密かに愛しており、馬上試合に敗北し、ドニャ・イネスを恋人にすることができないという<嫉妬>から、ドン・アロンソを闇討ちするという行動へと駆り立てられるのです。また、先ほど取り上げたガルシア・ロルカの最終作である『ベルナルダ・アルバの家』(1936)においても、<嫉妬>が物語展開の動力としての役割を果たしています。スペイン南部に住むベルナルダは夫を亡くした身で、5人の娘を喪に服させるため家に閉じ込めています。ですが、末娘で二十歳のアデーラだけは密かにペペ・エル・ロマーノという25歳で美男の恋人がおり、そのことに<嫉妬>していた四女のマルティリオがアデーラにペペ・エル・ロマーノが死んだと嘘の報告をしたことが原因で、アデーラは物語の幕切れ場面において首つり自殺してしまうことになるのです。このように、あまり外国人には知られていないスペイン人の<嫉妬>は<情熱>の裏側に潜伏しており、ときに物語展開を突き動かす心理的要素としての役割を果たすのです。

<情熱>と<嫉妬>と同様、スペイン人の精神構造の核を成す要素に<名誉>の観念があります。スペイン人の精神構造に内在する<名誉>の観念は中世スペインに存在した「騎士道」から生まれたものだと考えられています。それは日本人が有する<名誉>の観念が日本の「武士道」から生まれたのと似ていると捉えることができます。ミゲル・デ・セルバンテス(1547-1616)が書いたスペイン文学を代表する小説、『ドン・キホーテ』(前編1605/後編1615)においても、主人公のドン・キホーテは<名誉>の観念を軸として行動していきます。同様に、「悪者小説(ピカレスク・ロマン)」の嚆矢とされる作者不詳の作品、『ラサリーリョ・デ・トルメスの生涯』(1544)においても、主人公の少年ラサロが三番目に使える郷士は、空腹で貧しい生活を送っているにもかかわらず、人前では<体面感情>を気にして、あたかも満腹であるかのようにふるまうのです。つまり、スペイン人の精神構造の一部を成す<名誉>の観念も、スペイン文学の作品世界内に重要な要素として投影されていると考えることができるのです。このように、私はスペイン人の精神構造の基本的な諸要素に焦点をあてながら、スペイン文学の魅力を南山大学の学生達と共に学び、研究し続けています。