南山の先生

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外国語学部・ドイツ学科

麻生 陽子

職名 講師
専攻分野 近代ドイツ文学、ジェンダー史
将来的研究分野 ・19世紀後半の忠実なチェコ人「女中」−−エーブナー=エッシェンバッハの長編小説『ボジェナ』
・詩作をする女性の作曲家ドロステ=ヒュルスホフのポーランド讃歌《白鷲》
担当の授業科目 ドイツ語Ⅰ・Ⅲ・Ⅴ
中級ドイツ語Ⅰ
文献講読(ドイツ語圏の文化)

19世紀ドイツ語文学におけるガリツィア地方

 わたしが現在おもに研究対象としているのは、女性作家によって書かれた文学作品とならんで、19世紀オーストリア・ハプスブルクを舞台とするドイツ語文学です。ここであえてドイツ語文学と書いたように、そこにはドイツ語圏だけでなく、現在はドイツ語圏でなくなってしまった地域出身の作家によって書かれたテクストも含まれます。
 20世紀初頭まで存在したオーストリア・ハプスブルク帝国は、南にはヴェネツィアやトリエステを領有し、アルプスからハンガリーの平原にまで版図を広げていました。ウィーンを中心に帝国の東の周縁をなしていたのが、ガリツィアと呼ばれた地方です。
 現在のポーランド南東部およびウクライナ西部に位置したガリツィアには、ポーランド系をはじめ、ウクライナ系、ユダヤ系、ドイツ系、アルメニア系、その他数多くの少数民族が住んでいました。帝国崩壊後、この地方は両大戦のトラウマ的記憶をかかえることになりますが、同時に、現存する建築物などには、失われたユダヤ文化、さらには多様な民族や宗教、言語が混在していたハプスブルク時代の痕跡を見出すことのできる場所にもなっています。
 ガリツィアは18世紀末に帝国に組み込まれた当初から、きわめて貧しく後進的な場所として注目されていました。地元の貴族らに搾取された農民やユダヤ人らの生活は、啓蒙的な視点から「不潔」で「貧困」、「後進性」そのものとして捉えられ、それらはこの地方全体を特徴づけるイメージとして定着していくことになります。このような中央から離れた地方をめぐるイメージの形成を担ったのが、ガリツィアについて書かれたテクスト群です。役人や旅行者によって書かれた報告書や紀行文をはじめ、19世紀中葉以降に西欧社会で人気を博し片田舎を描いたジャンルとしての村物語、なかでもガリツィア出身のドイツ語作家たち、たとえばレーオポルト・ザッハー=マゾッホ(1836-95)やカール・エーミール・フランツォース(1848-1905)、ヨーゼフ・ロート(1894-1939)などによって書かれた文学テクストなどが挙げられます。
 ガリツィアはヨーロッパとアジアが接する「半アジア」と呼ばれながら、近代化の進展する西欧社会とは対照的な、前近代的風習が残る異質な場所、さらには前近代にたいする憧憬の対象として造形されていきました。そのためガリツィアの民族的、宗教的な多様性は、異なる宗教や民族同士の緊張や対立をまねく要因になり得たにもかかわらず、「調和的」といった美化されたイメージまでもが生まれていったのです。
 都市と田舎、中央と地方、作家と読者といった様々な関係性のなかで、個々の作家はガリツィアという場所といかに向き合ったのか。ガリツィアという地方は現実との矛盾を孕みながらどう描かれたのか。この時代の背景をなす近代化やナショナリズム、アメリカ移住などの同時代の社会現象にも着目しながら、ガリツィアという文学的トポスの諸相を明らかにすることをめざして、現在、研究に取り組んでいます。