南山の先生

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外国語学部・ドイツ学科

齋藤 敬之

職名 准教授
専攻分野 近世ドイツ史、犯罪史、都市史
主要著書・論文 「近世ザクセン選帝侯領における手工業者の決闘に関する一考察―法規範と裁判記録を対照させて―」(『アカデミア 人文・自然科学編』第24号、2022年、265-278頁、単著)
「近世ドイツ刑事司法における「請願」に見る「共同体」の存在―ザクセン選帝侯領の例から―」(松本悠子・三浦麻美編著『歴史の中の個と共同体』中央大学出版部、2022年、227-245頁、単著)
「「神の怒り」を招く瀆神の法的処理と社会的文脈―16-17世紀ザクセン選帝侯領を例に」(甚野尚志編『疫病・終末・再生―中近世キリスト教世界に学ぶ―』知泉書館、2021年、249-265頁、単著)
「暴力の歴史の描写を目指して―中近世ドイツ犯罪史研究における動向から―」(『史学雑誌』第130編第2号、2021年、37-57頁、単著)
„Waffengebrauch und Gewaltpraktiken in der alteuropäischen Stadt: Köln und Leipzig am Beginn der Neuzeit“, in: Werner Freitag/ Martin Scheutz (Hg.), Ein bürgerliches Pulverfass? Waffenbesitz und Waffenkontrolle in der alteuropäischen Stadt, Wien u.a. 2021, S. 55-75 (Gerd Schwerhoffとの共著)
将来的研究分野 近世ドイツの決闘の歴史、近世から近代にかけての暴力犯罪の質的・量的変化
担当の授業科目 初級ドイツ語、ドイツ語翻訳法、ドイツ史、ドイツ歴史研究、基礎演習、演習(歴史ゼミ)

「犯罪の歴史」を描く、そしてその先へ

 タイトルに掲げた「犯罪の歴史」と聞くと、小説や映画で描かれるような、過去の何か猟奇的な事件や世の中を賑わしたセンセーショナルな大事件を思い浮かべるかもしれません。しかしここで取り上げたいのは、より日常的な、路上や居酒屋での口論や殴り合い、色恋沙汰から発展した争い、器物破損、窃盗、不正な賭博、などなどです。では、「犯罪」に注目することにはどのような意味があるでしょうか。例えば犯罪行為の最たるものと言える「暴力」に関して、ひと昔であれば体罰は「愛のむち」「しつけの一環」として容認されていたかもしれませんが、今ではそうした説明(正当化)は通用しなくなり、処罰される件数が増えつつあります。そこには、「暴力」を伴う行為を通告したり処罰したりする制度や法的枠組みの構築とともに、私たちの認識や判断基準の変化も作用しているはずです。このように、特定の悪しき行為がいつの時代も変わらずに(すなわち超歴史的に)実体を持って存在しているわけではなく、何が「犯罪」に該当するのかという定義やそれを処罰する際の基準は時代や地域を越えて一定ではありません。逆に言えば、ある時代や地域においてどんな行為が「犯罪」と見なされ、それがどう処罰されたのかを知ることで、その社会や文化の性質や特徴を理解することができるはずです。まさにここに「犯罪の歴史」を研究する意味と可能性があると思っています。

 私は、このような問題関心をもとに、16世紀から18世紀頃のドイツの都市における暴力犯罪(殴り合い、傷害致死、そして誹謗中傷といった「言葉の暴力」)を対象に、当時の裁判所の調書や請願書(もちろんすべて手書き!)を解読しています。「どのような法律でどのような刑罰が科されたのか」「どういう経緯である暴力行為が起きたのか」「加害者は自分の暴力行為をどう正当化した(言い訳した)のか」「目撃者は暴力行為に気づいた時にどう反応したのか」といったことを史料から読み取ることで、暴力を「非文明的で悪しき行為」とすぐに決めつけるのではなく、当時の文脈に即して解釈するように努めています。

 このような私の研究課題を踏まえつつ、担当する授業では以下のことを重要視しています。第一に、「当たり前」と思っている見方や概念を歴史という観点から考え直すことです。その最たる例が「ドイツ」でしょう。普段目にする「ドイツという国」の領土や概念は一定ではなく、中世においては「ドイツ」という単位で説明することを躊躇してしまうくらい多くの勢力が並立していました。ある歴史の事柄を説明するときに「ドイツ」という表現を用いてよいのか、常に意識してもらうようにしています。第二に、さまざまな事柄が歴史研究のテーマとなるのを実感することです。私自身が「犯罪」をテーマとしているからかもしれませんが、世界史の教科書で扱われる事柄に留まらず、ドイツに関して日常的に見聞きしていたりすでにイメージを持っていたりする事柄(スポーツ、食文化、環境政策、などなど)について歴史と関連づけてテーマを立て、参考資料をきちんと用いて分析することを実践しています。皆さんと一緒に、物事を現代の私たちの状況と比較して歴史的に捉える見方を養うとともに、現在持っている見方に限定せずにより多角的に物事を理解する力を高めていきたいと思います。



ドイツの都市ライプツィヒの旧市庁舎(現在は歴史博物館)。
かつての行政や司法の中枢。目の前の広場は喧嘩や騒乱といった「犯罪」の舞台でもあった。
筆者撮影。