南山の先生

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外国語学部・ドイツ学科

齋藤 敬之

職名 准教授
専攻分野 近世ドイツ史、犯罪史、都市史
主要著書・論文 「近世ドイツの決闘に関する研究動向―ドイツ・ドレスデンでのプロジェクトに注目して―」(『史学雑誌』第133編第10号、2024年、38-59頁、単著)
「17世紀後半ドイツにおける決闘の描写に関する一考察―アハスヴェールス・フリッチュの著作を例に―」『アカデミア 人文・自然科学編』第26号、2023年、191-205頁、単著)
「近世ザクセン選帝侯領における手工業者の決闘に関する一考察―法規範と裁判記録を対照させて―」(『アカデミア 人文・自然科学編』第24号、2022年、265-278頁、単著)
「暴力の歴史の描写を目指して―中近世ドイツ犯罪史研究における動向から―」(『史学雑誌』第130編第2号、2021年、37-57頁、単著)
„Waffengebrauch und Gewaltpraktiken in der alteuropäischen Stadt: Köln und Leipzig am Beginn der Neuzeit“, in: Werner Freitag/ Martin Scheutz (Hg.), Ein bürgerliches Pulverfass? Waffenbesitz und Waffenkontrolle in der alteuropäischen Stadt, Wien u.a. 2021, S. 55-75 (Gerd Schwerhoffとの共著)
将来的研究分野 近世ドイツの決闘の歴史、近世から近代にかけての暴力犯罪の質的・量的変化
担当の授業科目 初級ドイツ語、中級講読B、ドイツ語翻訳法、ドイツ史、ドイツ歴史研究、基礎演習、演習(歴史ゼミ)

「犯罪の歴史」を描く、そしてその先へ

 タイトルに掲げた「犯罪の歴史」と聞くと、小説や映画で描かれるような、過去の何か猟奇的な事件や世の中を騒がせたセンセーショナルな事件を思い浮かべるかもしれません。しかしここで取り上げたいのは、より日常的な、路上や居酒屋での口論や殴り合い、傷害事件、夜間の騒ぎ、賭博、窃盗、などです。では、「犯罪」に注目することにはどのような意味があるでしょうか。例えば「暴力」に注目してみると、ひと昔であれば体罰は「愛のむち」「しつけの一環」などとして容認されていたかもしれませんが、今ではそうした説明(正当化)は通用しなくなり、処罰されるべき行為として扱われてきています。そこには、「暴力」を伴う行為を通告したり処罰したりする制度や法的枠組みの構築とともに、私たちの認識や判断基準の変化も作用しているはずです。このように、特定の悪しき行為がいつの時代も変わらずに(つまり超歴史的に)「犯罪」という実体を持って存在しているとは限らず、どんな行為が「犯罪」に該当するのか、そしてそれをどのように処罰するのかという基準は一定ではありません。逆に言えば、ある時代や地域においてどんな行為が「犯罪」として扱われ、それがどう処罰されたのかを知ることで、その時代や地域の特徴、さらには現代社会の特質を理解することができるはずです。まさにここに「犯罪の歴史」を研究する意味と可能性があると思っています。

 私は、このような問題関心をもとに、16世紀から18世紀頃のドイツにおける暴力犯罪(口論や誹謗中傷から殴り合い、傷害致死や決闘に至るまで)を対象に、当時の法令だけでなく裁判所の調書や請願書(もちろん手書き!)を解読し、分析しています。「どのような法律でどのような刑罰が科されたのか」「どういう経緯である暴力行為が起きたのか」「加害者は自分の暴力行為をどう説明した(言い訳した)のか」「目撃者は暴力行為に気づいた時にどう反応したのか」といったことを史料から読み取ることで、暴力を「非文明的で悪しき行為」と決めつけずに、当時の文脈に即して解釈するように努めています。

 このような私の研究課題を踏まえつつ、担当する授業では以下のことを大切にしています。第一に、「当たり前」と思っている見方や概念を歴史という観点から考え直すことです。その最たる例が「ドイツ」でしょう。私たちが知っている「ドイツ」の領域や概念は実は一定ではなく、中世においては「ドイツ」という単位で説明することを躊躇してしまうくらい多くの勢力が並立していました。ある歴史の事柄を説明するときに「ドイツ」という表現を用いてよいのか、常に意識してもらうようにしています。第二に、さまざまな事柄が歴史研究のテーマとなるのを認識することです。過去の政治や君主、事件や戦争といった世界史の教科書で扱われるような事柄はもちろんのこと、ドイツに関してすでに見聞きしていたりイメージを持っていたりする事柄(環境政策、教育制度、動物保護、など)についても歴史と関連づけてテーマを立て、参考資料をきちんと用いて分析することを実践しています。ぜひ皆さんと一緒に、物事を私たちの状況と比較しつつ歴史的に考える力を養うとともに、現在持っている見方に限定することなくより多角的に把握する力を高めていきたいと思います。



ドイツの都市ライプツィヒの旧市庁舎(現在は歴史博物館)。
かつての行政や司法の中枢。目の前の広場は喧嘩や騒乱といった「犯罪」の舞台でもあった。
筆者撮影。