南山の先生

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外国語学部・アジア学科

鈴木 史己

職名 准教授
専攻分野 中国語学
主要著書・論文 Linguistic Atlas of Asia(共著、ひつじ書房、2021年)、「试论汉语词汇的系统化―以表〈玉米〉义词为例 」(単著、『岩田礼教授荣休纪念论文集』、日本地理言語学会、2022年)
将来的研究分野 言語地理学的手法と史的文献研究を統合した漢語語彙史研究
担当の授業科目 中国語科目、中国語学研究、中国語科指導法など

「中国語」とは?

中国は今や世界で大きな影響力をもち、中国文化への興味からビジネス上の需要まで、中国語学習者の層やニーズも多様化しています。ところで、そもそも「中国語」とはいったい何でしょうか? ちょっと考えてみてください。

......「中国のことば」? 「中国人のことば」? 「中国で話されていることば」? どれも間違いというわけではありませんが、正確でもありません。

「中国語」は中国語で"中国語"とはいわず、"漢語"(汉语 Hànyǔ)といいます。"漢語"の「漢」は漢民族の漢、人口の9割以上を占める漢民族の言語を意味します。中国は多民族国家で、漢民族の他に55の少数民族がいます。10数億人もの人口をかかえる国ですから、1000万人を超える「少数」民族もあります。

さらに、漢語も一枚岩ではなく、隣の村で違う方言が話されている場合もあるほどに差が大きく、複雑なことが知られています。このように多様な人々が暮らす中国では、お互いにコミュニケーションをとるのに共通語が不可欠となります。私たちが通常「中国語」として学習するのは、"普通話"(普通话 pǔtōnghuà)とよばれる標準語なのです。

この普通話は、北京語をはじめとする北方方言を基礎として定められています。中国の中でも北部で使われる方言は、中国語の歴史からみると比較的新しい特徴をもっているといわれています。「食べる」/「飲む」を例にとって考えてみましょう。

まず、標準語では、「食べる」は"喫"(吃 chī)、「飲む」は"喝"(喝 hē)といいます。

次に、現代の中国語方言を北から南にむかって大まかな傾向を見てみます。

「食べる」/「飲む」

北:"喫"/"喝":標準語・北方方言(北京など)

  "喫"/"喫":長江下流域(上海など)

  "食"/"食":福建省(烏龍茶の産地)

南:"食"/"飲":広東省付近(飲茶やカンフー映画が有名)

南北でグラデーションのように変化しているのに気づけたでしょうか。福建省の"食"/"食"は変な感じがするかもしれませんが、飲食ともに"喫"を使う長江下流域の方言と、「食べる」に"食"を使う広東省付近の方言が混ざり合ったものと考えられますね。

一方、古い文献資料をひもといてみると、以下のように変化しています。

「食べる」:"食"→"喫"(唐代~)

「飲む」 :"飲"→"喫"(唐代~)→"喝"(明代~)

現代の方言と文献資料を比べてみると、標準語は最も新しい語形を使っていること、標準語では使わない古い語形が方言では今でも使われていること、変化の順序が方言分布にある程度反映されていることがわかります。

日本語で使われる漢字とも比較してみましょう。「食べる」と「飲む」は、"食"/"飲"という広東省付近に残っている古代中国語の語形を表す漢字を使います。また、「喫茶店」に目を向けると、長江下流域で今も使われる唐代の体系("喫"/"喫")が日本語に伝わっていることもわかります。

このように、文献資料だけでなく、現代のことばの使用状況からも昔の語形や変化のプロセスがわかることがあります。いま現在生きていることばから歴史がわかる、そして今使われていることばが古代のことばにつながっているというのは、なかなかおもしろいと思いませんか?

ことばがどのように成立し、変化するか、また、どのようなメカニズムでその変化が起こるかというのは、他の言語にも関わる問題です。こうした問題意識をもちながら「中国語」を勉強すると、また違ったものが見えてくるかもしれません。