南山の先生

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外国語学部・アジア学科

張 玉玲

職名 教授
専攻分野 文化人類学・華僑華人研究
主要著書・論文  『華僑文化の創出とアイデンティティ-華僑学校、獅子舞、関帝廟、歴史博物館』(ユニテ、2008)、『南京町と神戸華僑』(共著、松籟社、2015)、『東アジア世界の民俗―変容する社会・生活・文化―』(『アジア遊学215』)、勉誠出版、2017年)ほか。
将来的研究分野 中国系移民以外の移民集団についての研究
担当の授業科目 中国語関連科目、華人文化研究、華人社会研究、アジア学入門、基礎演習など

移動する人々の「まなざし」から「世界」を見直してみよう。

 

今や世界各国ですっかりおなじみの中華料理。日本でも、中華街や町中だけでなく、電車やバスがそれほど通らない辺鄙な田舎でも、中華料理店を見かけるます。中華料理が広く受け入れられているのです。非中国圏の人々にとって、中華料理は、胃袋を満たすだけでなく、中国文化に興味を持つ最初のステップになることも多いでしょう。中華料理に好んで用いられる香料や食材と調理法などはもちろんのこと、店員の中国語なまりの日本語や店員同士の中国語による会話など、いずれも「異文化」としての中国文化に関心をもつきっかけとなりうるのです。

  中でも、中華料理店の経営にかかわる、海外にいる中国系の人々に関心を持つ人も多くいることと思われます。彼らこそ、私が長年取り組んできた研究の対象者で、「華僑」または「華人」よ呼ばれる人々ですが、中華料理店以外にも、多くの業種に携わっていますし、「食事」以外にも多くの場面で居住国の人々にかかわっています。衣食住に関連する材料・製品の輸出入業務からアニメーションやゲームの製作、そして学校教育や文化事業まで、あらゆるところで、華僑華人の姿があるのです。世界の経済が一体化しつつある今、より頻繁に国境を越えていくモノやカネ、情報と同時に、ふるさとから離れ、「異国」で働く人も増え、華僑華人も積極的にその流れに乗った人々なのです。

  もっとも、中国系人の海外移住の歴史はとても古く、16世紀、ポルトガルやスペインなどの西ヨーロ ッパの国々が東南アジア諸国を植民地として占拠した際には、すでに中国人コミュニティが存在していました。アジア海域の広い範囲で貿易を牛耳る中国人を、東南アジア諸国で経済活動を展開するうえで無視できない存在として、ヨーロッパ植民者は、時には現地の住民を統治する仲介役として利用したり、時には厄介なライバルとして排除してきました。ヨーロッパ植民者による、華人を現地住民と区別して統治するというこの「分割統治」は、華人と現地住民との間の民族対立を深めることになり、20世紀後半、東南アジア諸国が植民地支配から独立し、各々の国民国家を建設したも頻繁に起こった激しい排華(華人排除)運動の、重要な歴史的要因であるといわれています。

  特に19世紀になると、東南アジア以外にも、ヨーロッパ、アメリカ、日本などより多くの国や地域に中国人が労働力として、あるいは商人として移住しました。「よそ者」として差別・排除される中、「中国人」としてのアイデンティティを強め、ひたすら中国人コミュニティの中で伝統的な文化や慣習を維持してきたと思われがちですが、移住地の生活様式、価値観などを取り込み、積極的に現地に溶け込もうとする人々も多くいました。特に現地生まれの二世およびそれ以降の世代は、外見または苗字に「中国的」(または「アジア的」)要素が見られる以外、ほとんど居住地のマジョリティと区別できないほど同化・融合が進んでいます。現在、日本も含めカナダ、アメリカなどでは、ほっといたら「歴史的遺産」になるかもしれない華人の伝統文化が、居住地の観光資源、居住国の多元的で豊かな文化の一部として中華街などを舞台に、復興され、再生されているのです。 

 冒頭にあった、中国なまりの日本語を話す中国人店員たちも、このまま定住していけば、いずれ昔の華人たちと同じように融合の道を歩むことでしょう。移動する「華人」の生きざまを通して、これまで当たり前のように生きてきた世界をもう一度見つめなおしてみましょう。不思議で意外な発見、きっとたくさんあるはずです。