南山の先生

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外国語学部・アジア学科

宮原 佳昭

職名 准教授
専攻分野 中国近代教育史
主要著書・論文 「袁世凱政権期の学校教育における『尊孔』と『読経』」(単著、『東洋史研究』第76巻第1号、2017年、所收) 、「近代中国の学校管理法教科書に関する一考察 ―謝冰・易克ゲツ訳『学校管理法要義』を手がかりに―」(単著、『アカデミア 社会科学編』第11号、2016年、所收)
将来的研究分野 中国近代における西洋近代教育と中国伝統教育の関係性
担当の授業科目 「中国近現代史研究」「東アジア国際政治史研究」「歴史の諸相」等

中国近代の歴史

現在の中国は、政治・経済などで世界に大きな影響力を持つようになってきました。とくに地理的に近い日本にとっては、これから中国のことを抜きに考えることは難しく、したがって中国や中国人のことをより深く理解することが大事だと言えるでしょう。

では、中国や中国人のことを理解するにはどのような方法があるか? その答えはさまざまですが、私が関心を寄せているのは中国近代史、とくに教育の歴史です。つまり、「当時の社会のあり方や人々の考え方はどのようなものであったか?」「いまここにあるものは、どのような過程を経ていまに至っているのか?」を問いかけ、解明することによって、今後のあり方を探る道しるべにできると考えています。以下、中国近代史について少し触れてみましょう。

そもそも中国の近代はいつから始まるのか? さまざまな議論がありますが、アヘン戦争(1840-42)およびその後に締結された南京条約(1842)を画期とするのが一般的です。すなわち、「中華」すなわち世界の中心と自認してきた清朝(1644-1912)が、欧米列強との戦争に敗れ、不平等条約を結ばされることによって、西洋世界の経済秩序の一部に組み込まれる。以後、中華人民共和国が建国される(1949)までの100年余りが、中国の近代の範囲と考えられています。

中国の近代は、激動の時代です。南京条約以後、中国大陸における欧米列強の利権獲得競争は激しさを増し、清朝の一部の知識人は「瓜分(かぶん)の危機」つまり瓜が切り分けられるように中国がバラバラになってしまうことへの危機感を強くします。

ここに、欧米列強に対抗するため、清朝の改革運動が実施されるのですが、それは西洋や日本をモデルにした、政治・軍事・実業・教育など多方面にわたる「近代化」運動というべきものでした。それまで、「中華」を至上のものと考えていた中国の知識人が、西洋の機器(武器・工場)・政治制度(憲法・議会)・思想(自由・平等・友愛)などに関心を持ち、中国に導入しようとする。これは近代における大きな変化です。

とくに教育の分野に目を向けると、「ばらばらの砂」と言われた民衆を「国民」へとつくりかえることが、政府や知識人にとって大きな課題でした。このため、清朝は西洋・日本をモデルとして、現在私たちがなじんでいる小・中・高・大学という近代的学校制度を全国に導入し、教育内容としては国語・数学・英語・理科・地歴など、いわゆる近代的カリキュラムを採用しました(1904)。そして、中華民国の成立(1912)以後も、中国国民党・中国共産党をはじめ各勢力は、学校教育・社会教育を通じてそれぞれのイデオロギーを民衆に植えつけようとしました。

ただ、これらはいわゆる「上から」の教育政策であり、教育の受け手である民衆や、学校教育にたずさわる教師たちは果たしてどのような反応を示したか? などなど、実のところ教育の分野に限らず、中国近代史(とくに1912-1949の中華民国期)において解明されていないことはたくさんあります。

現代中国が抱える諸問題のうち、上に述べた「近代化」や「国民」養成など、近代に由来しているものは少なくありません。だからこそ、近代の中国や中国人が歩んだ道のりを解明することは、現代の中国や中国人を理解するうえできわめて重要なのです。このページを飛ばし読みせずに終わりまで読んでくださった貴方には、ぜひともこれから私と一緒に中国近代の歴史を学んでほしい。私は心からそう願っています。