南山の先生

学部別インデックス

外国語学部・アジア学科

間瀬 朋子

職名 准教授
専攻分野 インドネシア地域研究、インドネシア社会経済論
主要著書・論文 「民衆生業の社会経済圏―インドネシア・ソロ地方出身のジャムー売りの世界」(2016)(単著)、『現代インドネシアを知るための60章』(2013)(共編著)、「現代的な消費と”インフォーマル・セクター”-ジョグジャカルタ特別州スレマン県の学生街の事例」(2013)(単著)
将来的研究分野 インドネシアの「インフォーマル・セクター」のゆくえ、民衆経済の変容
担当の授業科目 インドネシアの現代事情、インドネシア文化研究、時事インドネシア語、海外フィールドワークB、アジア学入門A

モノ売りを追いかけて

インドネシアでの生活体験をもとに書かれた村井吉敬『スンダ生活誌―激動のインドネシア社会』を読んだとき、「闇から忽然と鳴り響いてくるプトゥ(菓子の一種)売りの物悲しい蒸気の音」や「闇のしじまを突きさすそば屋の叩くチークの木音」などの暮らしの音に想像力を掻き立てられた。「彼女たち(漢方薬売りのこと)はバンドンから300キロも離れた、中部ジャワの古都ソロの近くからやって来る」というくだりに触れ、もっと知りたいと思った。同書に登場するモノ売りたちに生きる力がどくんどくんとみなぎっているようで、なんとも心ひかれた。

ヘディ・シュリ・アヒムサ・プトラ『ベチャ引き家族の物語』に描かれるベチャ(輪タク)運転手たち、ジェリネクのWheel of Fortuneで観察されている小食堂の女主人、マレー『ノー・マネー、ノー・ハネー』にいきいきと現れる露天商の女たち、布野修司『カンポンの世界』にイラストでも登場するさまざまな形状の屋台や経済的に厳しくも人間的な温かさに満ちたカンポン(生活集落)での暮らしなど、「インフォーマル・セクター」の人びとの仕事と暮らしをあつかった魅力的な研究は、数あまたある。「事実は小説より奇なり」さながらの、いずれもスリリングでダイナミックな「ノンフィクション」なのだから、何度読んでも飽きない。

インドネシア中央統計庁のデータ(2017年2月)によれば、同国の就労人口の58.4パーセント(7,267万人)が「インフォーマル・セクター」従事者であり、かれらがインドネシアの経済・雇用情勢にあたえるインパクトは大きい。「インフォーマル・セクター」のなかでも多数を占め、街角で目につくのがモノ売りである。これまでわたしは、中ジャワの特定地域を故地とするジャムー(jamu) 売りにとくに注目してきた。ジャムーはショウガ科植物、キンマの葉、米、タマリンド、ヤシ砂糖などからつくられる天然生薬飲料である。健康増進のためのハーブドリンク、ととらえるとよいかもしれない。ジャムー売りの多くは、肩から斜め掛けにした縞布でジャムーのボトルの入った竹籠を背負って行商をする女性である。かのじょらは一定の期間都市に出かけて行っては再び出身村へ戻ってくるという循環型の移動をおこない、長年出稼ぎを続けながらも村とのつながりをけっして断ち切らない。出稼ぎ先と出身地のあいだを定期・不定期的に往復するこのような移動は、かのじょらのことばでボロ(mboro)と呼ばれている。

ジャムーを行商するために中ジャワの村からボロ型の出稼ぎ移動をする女性たちを追って、わたしは北スマトラのメダンからパプアのメラウケまでインドネシア各地を歩いてきた。断食月や断食明け大祭には、故郷に帰省するかのじょらに会おうと、中ジャワの村むらにも通っている。インドネシアは広い。かのじょらの姿を探して、まだまだ歩きつづけようと思う。

【引用文献】
◆村井吉敬『スンダ生活誌――変動のインドネシア社会』(NHKブックス)日本放送出版協会、1978年[『インドネシア・スンダ世界に暮らす』(岩波現代文庫)岩波書店、2014年として再版]。
◆ヘディ・シュリ・アヒムサ・プトラ著 / 染谷臣道・加納啓良訳『ベチャ引き家族の物語――インドネシアの「貧困の文化」』井村文化事業社 / 勁草書房、1988年。
◆Jellinek, L., Wheel of Fortune, Sydney: Allen & Unwin, 1991.
◆アリソン・マレー著 / 熊谷圭知、内藤耕、葉倩瑋『ノー・マネー、ノー・ハネー――ジャカルタの女露天商と売春婦たち』木犀社、1994年。
◆布野修司『カンポンの世界――ジャワの庶民住居誌』PERCO出版、1991年。