学部別インデックス
経済学部・経済学科
田中 頌宇将
| 職名 | 講師 |
|---|---|
| 専攻分野 | マクロ経済学、労働経済学 |
| 主要著書・論文 | “Does your job fit with your talent? Insights for labor market fluidity and aggregate productivity”, Economic Modelling, Vol.161, 2026年. (単著) “Embodied technological progress, heterogeneous multiworker firms, and unemployment”, Macroeconomic Dynamics, Vol.29, 2025年. (単著) |
| 将来的研究分野 | 技術と労働の関係、才能等の潜在リソース活用、因果推論、政策の全体設計 |
| 担当の授業科目 | 労働経済学A・B、特別テーマ講義(政策)、データ処理入門 |
「人が自分に合った仕事に移れること」が経済を強くする
皆さんは、就職した会社が自分に合わなかった時、別の仕事に移れる社会と、なかなか移れない社会、どちらが豊かになると思いますか? 上に記載した2026年の私の研究は、この「労働市場の流動性 (人が仕事を移りやすいかどうか)」が、国全体の生産性を左右するプロセスにおいて、次のようなストーリーのモデル化・妥当性の検証をし、得られた知見の整理をしています。
働き始めたばかりの若者を思い浮かべて下さい。人は実際に働いてみるまで、自分がその仕事に向いているかどうか完全にはわかりません。いろいろな仕事を経験する中で、自分の才能に合った仕事を見つけていく――これが社会全体の力を高めるカギだ、ということが、この研究で設定した検証対象のストーリーです。
この状況設定と、大学・大学院等で学ぶ既存理論を組み合わせ、妥当とされるような検証環境(=ここでは数式で構成された式のシステム)を作ります。これをモデル化と呼んでいます。モデル化にあたって「仕事の相性 (マッチの質)」を骨子の構造として組み込んでいます。相性は働いてみて初めてわかるとし、企業は「相性がこれ以下なら解雇する」という基準を設けるとします。そして、政策等により解雇しにくくなると (解雇コストが上昇すると) 、モデル内にどのような動きがあるかを観察しました。
この場合、モデルの予測結果として、企業が「人材の質を上げる」よりも「人の頭数を維持する」ことを優先し、仕事の相性の基準が下がり、かつ、労働市場の流動性も低下します。さらに効果の規模感について、現実(1978年から2022年にアメリカ)で観察されるぐらいの流動性変化幅を生む解雇コストの上昇は、国全体の生産性を約7%、雇用を約3%減少させ、国内総生産(国の豊かさの指標)を約10 % 減らすと試算されました。
また、労働者間の格差や新技術との関係について、近年の動向を考慮するとこの研究のストーリーによる試算はさらに増加する可能性が示唆されました。特に興味深いのは、生産性の変化によって、人々の「幸福度(社会厚生)」は単なる利益よりも大きく反応するという結果も示している点です。つまり、たとえ国内総生産のような計算しやすい数字には表れなくても、人々の暮らしの実感はそれ以上に影響を受けるということです。
このように「労働市場の流動性は単なる人の入れ替わりではなく、才能を活かすための仕組みである」という仮説を2026年の研究では検証しました。
ただ皆さんに注意してほしいことがあります。それは、理論も実証も、その単体の結果はエビデンスとして貧弱であるということです。上で説明した私の研究は、検証対象としたストーリーだけ切り取って、その付帯状況に関する理解を整理したにすぎません。現実に解雇しやすくする政策をしても、企業にその権利を濫用されるような設計にしてしまえば、さらにひどい状況も容易に作れてしまうでしょう。データを使った実証分析についても、その推定手法・結果の内的妥当性や信頼性と、ほかの状況でも一般的に適応されるかの外部妥当性は別の話です。「こういう論文・データ分析の結果がある」という説得の仕方は、わかりやすいですが、主張・結論の汎用性が一人歩きして過大に評価される傾向にあり、非常に危険です。
他者の理論は1つの考え方にすぎず、それを材料に、自分の理解を育てることこそ大切です。先人の知恵は有用ですが、それは単に材料で、あなたが主役になってどう考えるかに価値があり、私はそれが知りたいです。