南山の先生

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経済学部・経済学科

荒井 智行

職名 教授
専攻分野 経済思想史、経済学史
主要著書・論文 『スコットランド経済学の再生―デュガルド・スチュアートの経済思想』(総280頁)、昭和堂、2016年。
将来的研究分野 アダム・スミス以後の経済思想史
担当の授業科目 経済思想史、経済学史

経済学の歴史上の古典を学ぶ意義とは

経済学史や経済思想史と聞いて何をイメージしますか。経済学史は、その名の通り、経済学の歴史を扱う学問です。各時代において、いかなる時代背景の中からどのような経済学が生まれたのかを学ぶことによって、経済学とはいかなる学問であるのかについて考えます。それにより、今日の経済や社会の諸問題を考えるための幅広い視野をもち、経済学には多様な見方があることを探究します。一方、経済思想史という学問は、経済学史と同じ意味で使われることもありますが、経済学の思想の面にも注意が払われます。また、経済思想史は、貧困や福祉、近年のリベラリズムやリバタリアニズム等の思想的なテーマについて扱うように、研究対象の領域が広い点に特徴があります。

歴史を扱う学問と聞いて、歴史は過去のこと、もうすでに終わったこと、だから今のことだけを学べばよいではないか、なぜ数百年前の経済学の歴史をわざわざ学ぶ必要があるのかと考える人もいるかもしれません。その一方で今これを読まれている高校生には、歴史の教訓から今は〇〇を考えなければならない、といった感想文を書かなければならないと思っている人もいるかもしれません。

歴史の教えと結びつけて今の経済や社会を考えようとすることは、決して誤りではありませんし、むしろ場合によっては必要だと思われます。ですが、経済学の歴史の学びを、現代に直接結びつけて考えることが、経済学史や経済思想史という学問ではありません。なぜなら、現代は、数百年前の各時代の経済学者がいた時代とは、その背景(例えば、人口の規模や産業構造など)が根本的に異なるからです。

それではなぜ、経済学史や経済思想史を学ぶ意味があるのでしょう。経済学史や経済思想史という学問は、現代の眼から経済学の歴史を考察し、その中の古典を可能な限りその時代の背景に即して再現し、それと現代との本質的差異を明確にします。それにより、現代の経済や社会の本質的問題がどこにあるのかを見出します。歴史の学びから得られた知見を、今の経済や社会に無理やり当てはめて無理に今に役立てようとさせるのではなく、現代の経済や社会の何が問題であるかを考えるために、歴史から考察します。ざっくりいえば、考察方法として、「歴史から現代へ」ではなく「現代から歴史へ」ということになります。もちろん、そうした歴史を通じた考察から、現代的意義として現代の問題に生かそうとしていることから、「現代から歴史へ、そして歴史から現代へ」といえます。

ではそうした現代の本質的問題を歴史的に明らかにする意義はどこにあるのでしょうか。それは、これからの日本や世界において、人々にとって尊厳ある公正な経済や社会とは何かについて、今まさに一人ひとりが考える必要があるからではないでしょうか。 今日の経済と社会の本質的問題は、実に複雑で多様です。例えば、これからの経済発展のあり方をめぐる福祉と自由との問題や、労働や雇用のあり方など、人によって、現代の本質についての捉まえ方は異なります。ただ、そうした現代の本質の捉まえ方が人によって異なるというのは、この学問の面白いところでもあります。なぜなら、人によって現代の経済や社会の認識が異なれば、古典の読み方もそれぞれ変わってくるように、アダム・スミスなりマーシャルなりケインズなり、その古典をどう読むかで読み方が違ってくるからです。

歴史の学びを、直接、現代に安易に生かそうとするのではなく、深い意味での歴史の学びから現代に生かそうとする学問、それが経済学史や経済思想史です。これから経済学を学ぼうとする皆さんにおいて、経済学の歴史の学びを通じて、今日の経済や社会の問題の本質を見出すとともに、経済学という学問がいかに奥深いものであるかということを学び取ってほしいと思っています。