南山の先生

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経済学部・経済学科

赤星 立

職名 講師
専攻分野 ミクロ経済学理論
主要著書・論文 T. Akahoshi (2014), Singleton core in many-to-one matching problems, Mathematical Social Sciences, vol. 72, pp. 7-13.
赤星立・笠島洋一(2018)「複数の基準下での意思決定—ビジネスと会計を例に—」佐々木宏夫・高瀬浩一編『産研シリーズ49 ビジネス慣習と会計制度に関する理論的および実証的研究』pp. 19-38.
将来的研究分野 複数の意思決定基準の統合についての一般理論、(経済諸問題における種々の解概念に基づく)解の持つ代数構造の解明
担当の授業科目 市場の経済学

経済の制度設計とは何か

経済学はモノの分け方について考える学問です。ここで言うモノには、金銭やリンゴなどの具体的な事物のみならず義務や権利といった無形のものも含みます。

ここでは、大きな円型のケーキ1個を足立さんと尾崎さんの2人で食べるために切り分けるという問題について考えてみましょう。経済学が目指すのは、もちろん「良い」分け方です。では、その良さの基準は何でしょうか?経済学では、まずケーキの切り分け方について個人がどのような「好み」を持っているのかに注目し、それらを最大限反映させた分け方を模索します。たとえば、2人の話し合いの中で、足立さんはケーキが大好きで可能な限り多く食べたいが、反対に尾崎さんはケーキが嫌いで食べる量が少ないほど好ましいと分かったとしましょう。すると「足立さんと尾崎さんでケーキを半分ずつに分ける」のは、良い分け方とは言えないでしょう。別の分け方(たとえば足立さんにケーキのすべてを割り当てる)をすれば、2人のどちらにとってもより好ましい状況に変わるということは、元の分け方は、2人の好みに基づけば、「無駄がある」分け方だったということができます。このような意味での「無駄のない」分け方をすることは、経済学でよく用いられる良い分け方の基準の1つです。

さて、いままでは足立さんと尾崎さんの2人に注目してきましたが、世の中には多種多様な好みを持つ人がいます。すべての人が「量が多い(少ない)ほど好ましい」という訳ではなく、「全体の2割の量までは可能な限り多く食べたいが、それを超えると少しずつ好ましさの程度が下がっていく。1個丸々食べなくてはならないならば、もうまったく食べない方がマシだ」といった複雑な好みを持つ人もいるかもしれません(そもそも、人の好みをどのように表現するのかということ自体が経済学の重要な課題の1つです)。「制度」とは、どのような人たちが何人集まって切り分けることになっても適用できる方法のことです(この意味では「参加者の名前を50音順に並べて一番の人にすべてを与える」ことも制度の1つです)。「経済の制度設計」の目的は、良い制度を設計することです。先ほど説明した意味で「無駄のない」分け方を常に達成する制度が存在するならば、それは良い制度だと言えるでしょう。しかし、それだけが良い制度であることの基準ではありません。足立さんと尾崎さんの2人は話し合いの中で各々の好みを言い合いましたが、どのような人であっても2人のように自分の好みを正直に申告してくれる訳ではありません。しかし、もし嘘の好みを伝えられてしまうと、先の無駄のない分け方は、申告された嘘の好みに基づけば無駄がないが、真の好みでは無駄があるものになってしまうかもしれません。したがって、各人が正直に好みを表明してくれるような誘因がある制度--つまり、嘘の好みを表明して損することはあっても得することはないような制度--を構築することも重要な点になると言えるでしょう(人々が自発的に取り組んでくれるように誘因の体系を構築することもまた経済学の重要な課題の1つです)。

このように、良い制度を構築するための基準はいくつも考えられます。「経済の制度設計」の役割は、(1)まず満たすべき基準を設定し、(2)それらを満たす制度が存在するか否かを検討し、(3)存在するのであれば、具体的にどのような方法によってそれが実現されるのかを明らかにすることです。このような制度設計の際に、人々が持つ多様な選好を反映させようと試みることが、「経済の」と冠付けられる所以であり、この問題を難しいものにしている要因でもあります。

さて、冒頭のケーキ切り分け問題で、「無駄のない」かつ「人々が正直に好みを表明してくれる」制度は存在するでしょうか?答えはどこかの授業中にお話ししたいと思います。