南山の先生

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経済学部・経済学科

西森 晃

職名 准教授
専攻分野 財政学、公共経済学
主要著書・論文 “Do Firms Always Choose Excess Capacity?”, Economics Bulletin (2004)
担当の授業科目 財政学、マクロ経済学

本当に「優しい政策」とは

テレビや新聞,あるいは雑誌などで「人に優しい社会」とか「人に優しい政策」という表現を見聞きすることがあります。とても響きが良い言葉ですから,そういうものが実現したらよいだろうなという思いを持つ人は多いでしょう。でも,「優しい」とはどういうことなのかを考えると,これはなかなか難しい問題です。

子供が悪いことをしている状況を思い浮かべてください。このとき,叱らない親は「優しい」親でしょうか。たぶん違いますよね。もちろん,いつでもどこでも厳しくすればよいというわけではありませんが,子供を甘やかしてしまうと最終的にはその子供自身に不利益が発生します。そういう意味では,子供の将来のために心を鬼にしてきちんと叱る親こそ「優しい親」と言えるかもしれません。

同じことは社会全体についても言えます。例えば「解雇規制」について考えてみましょう。企業に勤めている人にとって最もつらいことのひとつは解雇です。ある日突然、上司に呼ばれて「君は明日からクビだ」と言われることは悪夢以外の何物でもありません。だから一方的に労働者を解雇してはいけないという解雇規制を政府が制定することは、労働者にとってはとてもありがたい(あるいは当たり前の)優しい政策であると考えられます。

でも残念ながら,これはそんなに簡単な話ではありません。企業が労働者を解雇できないとなると,大きく2つの問題が発生します。1つは,クビにならない状況に甘えて労働者が努力を怠ってしまうことです。これは上の子供の例と同じで,長い目で見ると労働者のためにはなりませんし,当然のことながら,その企業や日本全体の競争力が落ちる原因にもなります。

もう1つは,企業が採用に臆病になってしまうことです。企業は慈善団体ではないので,そのリスクとリターンを天秤にかけながら行動を決定します。いったん雇用したら基本的には定年までずっと給料を払い続けなければならないというのであれば,企業は相当慎重に採用活動をせざるを得ません。また解雇がないということは裏を返せばポストが空かないということを意味しますから,その分,新規採用が抑制されるということにもなります。

1990年代後半から問題となっているのは10代,20代の若者の高い失業率です。この問題の背景には様々な要因が存在しますが,少なくとも「解雇規制」がその要因のひとつであることは間違いありません。つまり,「解雇規制」という人に優しい政策は,巡り巡って就職氷河期という冷たい現実を若者に突きつけてしまっているのです。

もちろん,経営者の気まぐれで労働者が簡単に解雇されてしまう社会が良い社会であるはずがありません。でも,基本的に解雇はまかりならないという社会もやはり大きな問題を生み出します。ここまでみたように,一見「優しそう」に見える政策が,長い目で見るととても残酷な結果をもたらすことは決して珍しいことではありません。「完全な平等」を目指して作られた共産主義社会がどんな結末を迎えたかを思い起こせば,これが決して誇張ではないことがわかるでしょう。

歴史上最も有名な経済学者の一人であるアルフレッド・マーシャルは "cool head and warm heart" と言ったそうです。「人に優しい政策」を実現するためには,温かい心だけでなく,冷静な議論も必要になります。時には厳しい政策こそが最終的に「優しい」政策になることもありえます。今の社会にどんな政策が必要なのか,大学という場所で一緒に考えていきましょう。