南山の先生

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経済学部・経済学科

川本 真哉

職名 教授
専攻分野 数量経済史、コーポレート・ガバナンス論
主要著書・論文 下谷政弘・川本真哉編(2020)『日本の持株会社:解禁20年後の景色』有斐閣.
川本真哉・河西卓弥・齋藤隆志(2019)「純粋持株会社による地域銀行の統合動機と事後パフォーマンス」『経営史学』第54巻第2号、pp.23-39.
川本真哉(2009)「20世紀日本における内部昇進型経営者:その概観と登用要因」『企業研究』(中央大学企業研究所)第15号、pp.5-21.
川本真哉・宮島英昭(2008)「戦前期日本における企業統治の有効性:経営者交代メカニズムからのアプローチ」宮島英昭編『企業統治分析のフロンティア』日本評論社、pp.314-339.
将来的研究分野 20世紀日本のコーポレート・ガバナンスに関する実証分析
担当の授業科目 数量経済史、日本経済史、データ処理入門、経済基礎演習、経済専門演習

日本の経営者:20世紀の経験

1. はじめに

大学を卒業してから昇進し、課長、部長、やがては社長へ。これが一般的な出世のイメージであろう。ただ、近年では、大企業の不祥事の発生や業績の低迷から、社外の人材を取締役に迎え、外部の客観的な立場から企業経営をチェックしようという動きが目立っている。また、若い人たちでの間でも、冒頭のような認識は変わりつつある。例えば、新入社員へのアンケートなどをみると、その多くが出世を望まないと回答している。リストラなどの影響で地位への信頼感が薄らいでいるのがその理由だという(「ゆとり世代と働く 新入社員調査」『日本産業新聞』2010年4月2日)。

このように望んでいても、望まなくても、多くの人にとって気になる出世。ではいつ頃から、内部昇進の人材が経営者になるというルートが定着したのであろうか。このコラムでは、筆者が行った内部昇進型経営者の進出要因に関する調査結果と、それが示す歴史的な教訓について紹介していきたい。

2. 内部昇進型経営者の台頭

まず、上記の問いにアプローチするために、川本(2009)では、1920年代以降の大企業40社程度の経営者達の出自に関する情報の収集を行った。その結果、以下のことがわかった。第1に、戦前期(日中戦争が始まる1937年まで)の経営者の出自は多様であり、内部昇進者だけでなく、オーナーやヘッドハンティングなど、多様であった。第2に、内部昇進者の属性に関しても、生え抜きと中途採用の人材の割合が拮抗しており、入社時の年齢や役員までの就任年数等のばらつきが大きかった。第3に、内部昇進型経営者が主流となるきっかけは、戦後の財閥解体にあった。オーナー経営者などが戦争責任を問われ追放されたことで、その地位に内部昇進者が就くこととなった。第4に、高度成長期以降になると、取締役会はほぼ内部昇進者(とくに生え抜き)で占められることとなった。

このように新卒から経営者へというルートは、当初から一般的なものではなく、戦後以降に普及した現象であったのである。

3. 内部昇進型経営者の登用要因

では、内部昇進の人材達はどのような背景で経営者に昇進していったのであろうか。この点についても川本(2009)では、戦前期のサンプルを対象に、その登用要因に関する定量的な分析を行っている。それによると、企業規模が大きく、会社年齢が長いほど、内部昇進者の登用に積極的であることが確認された。この結果は、明治期以降の企業成長の過程において、工場数や事業所数も増え、そして経営組織も複雑化したことに対し、従来の資本家型重役では対応困難となり、経営管理能力に長けた内部昇進者が経営者として需要されたためだと解釈できよう。

4. 歴史の教訓

以上のような結果は、いかなる教訓や含意を私達に与えてくれるのであろうか。それは、経営環境によって、経営者に求められる能力は異なるということである。資本主義初期には、海外の事例を参考に、工場設備や技術を一から導入しなければならなかったため、相対的に資本力不足であった。つまり、資本の価値が高く、ゆえにそれを提供しうる資本家が経営者の地位に就くのは自然であった。そして上述のように、やがて企業が発展し、経営組織が複雑になると、ヒト、モノ、カネなどの諸資源を適切に管理できる経営能力が貴重となった。そのため、長い年月をかけて現場の知識を身に付けた内部昇進者の能力が経営者として求められたのである。

今日、IoTや人工知能など、OJT(on-the-job training:働きながらの訓練)では得ることが困難な能力が多くの職場で求められている。これからのビジネスマンにとって、組織の垣根を越えて知識を得ることは不可欠であり、大学や公的機関など積極的に外に向かって知識の獲得を働きかけていくことはますます重要となってこよう。

参考文献

川本真哉(2009)「20世紀日本における内部昇進型経営者:その概観と登用要因」『企業研究』(中央大学企業研究所)第15号、pp.5-21.