南山の先生

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経済学部・経済学科

小林 佳世子

職名 准教授
専攻分野 法と経済学、応用ゲーム理論、応用ミクロ経済学、情報の経済学
主要著書・論文 「非対称情報下の裁判費用の分配と和解」
担当の授業科目 情報の経済学、ミクロ経済学

日常生活の営みにおける人間の研究

経済学とは、「金勘定にまつわる狭い分野を勉強するところ」、そんなイメージを持っていませんか?イギリスの有名な学者であるアルフレッド・マーシャルは、こう言っています。「経済学とは、日常生活の営みにおいて、生き、働き、そして考える人間の研究である。」さらに彼はこう続けます。「しかし、経済学は、そうした行動の動機を主として問題にする。」

「宿題をしたらケーキをあげる」と言われてあわてて宿題をしたならば、「宿題をやる」という行動の動機は、「ケーキをもらうこと」と考えられます。「宿題が残っていると落ち着かない」と思うならば、「落ち着かないこと」も動機のひとつです。「めんどくさい」と思うならば、それは「宿題をやらない」という行動の動機です。 このように、人間の行動には一般に「動機」があると考えられ、経済学では、それをインセンティブ(誘因)と呼びます。ある行動をとる方向ととらない方向の、両方のインセンティブがあり、行動を決定するときには、両者の大小関係を考えます。「めんどうくさいけど、ケーキもほしいし落ち着かないのもいやだから」と考えて宿題をやるならば、とる方向のインセンティブのほうが大きく、「ケーキもほしいし落ち着かないけど、それでもめんどくさい」とやらないならば、とらない方向のインセンティブほうが大きいと考えらます。

さらに経済学では、「インセンティブに動かされる(動かされてしまう)存在」として人間をとらえています。言い換えると、「誘惑に負けてしまう弱い存在」です。たとえば収賄という犯罪を考えてみます。道徳観や、罰せられるおそれという「行動をとらないインセンティブ」があっても、賄賂という「行動をとるインセンティブ」が十分大きければ、悪いことだと分かっていても、その誘惑に負けてしまうことのあるのが人間であると考えるのです。それが人間のすべてであると考えるのは、行き過ぎでしょう。しかし、(残念ながら?)人間の真実の一面を、うまくとらえていることも確かなように思われます。

なぜ大学に進学するのでしょうか、なぜ婚約指輪はお給料の3か月分なのでしょうか、なぜ観光地の食堂はおいしくないのでしょうか、なぜ犯罪を犯すのでしょうか、なぜ年功序列制度なのでしょうか、なぜ銀行の建物は立派なのでしょうか。社会のさまざまな問題を考えるとき、「インセンティブに動かされる存在」という考え方は、非常に強力な分析道具となります。

個人・消費者・有権者・政治家・犯罪者・企業・国家など、行動をとる主体のインセンティブを考えてみてください。つまり、その行動が本人にもたらす利益と不利益、その行動をとらないことの利益と不利益を考えてみるのです。すると、なぜ彼らはそうした行動をとるのか、さまざまな社会現象の構造がみえてくるはずです(現状理解)。インセンティブの仕組みが理解できたなら、次に、行動の予測を考えられるようになります(将来予測)。たとえば、ある主体のインセンティブを考えて、その将来の行動を予測するのです。さらに、行動が予測できるならば、今度は逆に、望ましい行動を選ぶようなインセンティブの仕組みをもつ制度やルールを考えられるようになります(政策提言)。犯罪を犯すインセンティブを低めるための罰則の強化は、その一例です。

このように経済学は、社会と、社会の中で生きる人間を理解するための、豊かな世界への鍵であることを感じ、少しでも興味を持ってもらえたならば幸いです。