南山の先生

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経済学部・経済学科

井上 知子

職名 准教授
専攻分野 理論経済学
主要著書・論文 『越境汚染の動学的分析』勁草書房、2001
将来的研究分野 環境と経済の関わりについての理論的研究
担当の授業科目 理論経済学A,B、ミクロ経済学、経済学のための数学

カーボンプライシングについて

2016年11月に地球温暖化対策の新たな枠組みである「パリ協定」が発効しました。それは、産業革命以前と比較して世界の平均気温の上昇を2℃よりも十分に低い水準に、できれば1.5℃に抑える努力を世界各国でおこなおうというものです。それ以前にも「京都議定書」という枠組みがあり、「パリ協定」はその後継の枠組みです。「京都議定書」では京都メカニズムと呼ばれる仕組みが提唱されましたが、その1つに、国ごとに温室効果ガスの排出量に上限を定めて、国家間でその排出枠を取引するというアイデアがありました。「排出量取引」というのは、温暖化ガスの排出枠を取り引きする市場を作って排出に価格を付け、温暖化ガスを排出している企業や人々に排出にともなう費用を認識させようとする仕組みです。この「排出量取引」は、炭素の排出に対して税金を課す「炭素税」とともに「カーボンプライシング」と呼ばれています。

ここで、排出量取引の仕組みを簡単な例を使って説明しましょう。いま、自動車を生産している2つの工場、AとBを考えます。自動車を生産する過程で温暖化ガスが排出されますが、当初は排出に対して規制はなく、各工場は自分が作りたいだけの自動車を生産しているとしましょう。ただし、工場Bはすでに十分にクリーンな技術で生産をしており、温暖化ガス排出量をさらに減らすには多大な費用がかかるとします。乾いた雑巾を絞ってさらに水を出そうとするのは難しいということです。一方、工場Aは古い技術で生産をおこなっており、生産1台あたりの排出量が多いとします。このとき、工場Aは少し費用をかけて排出口にフィルターを付けるだけで、多くの排出を減らすことができます。つまり、同じ量の排出を削減するために必要な費用は、工場Aの方が工場Bよりも少なくてすみます。まだ水を絞りだす余地のある雑巾を絞って水を出した方が、乾いた雑巾を絞って水をさらに出そうとするよりも簡単で、費用がかからないということです。ある日、「各工場は排出をこれまでの半分にするように」という決まりができました。もし排出枠の取引ができなければ、各工場はそれぞれが排出量をいまの半分にするしかありません。しかし、排出枠の取引ができる場合には、工場Bは工場Aに対して、「排出をいまの半分よりも多く減らして、余分に削減した分の排出枠を売ってもらえないか」と持ち掛けるかもしれません。排出削減が割安な工場Aがより多く排出を減らし、余分に減らした分についての十分な見返りを工場Bからもらえるならは、工場Aにとって損はありません。他方、工場Bは排出削減が割高なので、排出枠を工場Aから買うことができれば自分で排出を減らすよりも費用がかからずにすみます。つまり、価格がうまく決まれば両者が得をする可能性があり、また、排出削減の目標をより少ない費用で達成できるという意味で、社会全体でみてもより効率的といえます。

このような排出量取引制度で有名なのは2005年に始まった欧州排出量取引制度ですが、日本でも、2010年から東京が、2011年から埼玉と京都が排出量取引制度を開始しています。

ここでは排出量取引を例にお話をしました。理論経済学の授業では、経済に関わる問題からそのエッセンスを抜き出して抽象化し、それを数式やグラフで表現して、企業や人々の行動を説明したり、まわりの状況が変化するとそれらの行動がどのように変化するのかを調べたり、またそのとき市場での取引量や価格はどうなるのかといった問題を考えたりします。そこでは、経済問題を「モデル化する手法」を学ぶことになります。経済理論を学ぶ際に数学的な記述を避ける傾向もあるようですが、私は、数学の力を借りて理解した方が分かりやすい場合もあると考えているので、授業では、数学的な記述を上手く利用したいと考えています。