南山の先生

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その他・外国語教育センター

石﨑 保明

職名 教授
専攻分野 英語学、英語史
主要著書・論文 ・『文法化・語彙化・構文化』小川芳樹・石崎保明・青木博史(共著)、2020、開拓社、東京.
・A Usage-Based Analysis of Phrasal Verbs in Early and Late Modern English, English Language and Linguistics 16(2) pp.241-260 (Cambridge University Press, 2012)
・A Cognitive Approach to the Historical Development of the Way-Construction『近代
英語研究』第17号, pp.51-76.(近代英語協会、2001、近代英語協会第8回新人賞佳作論
文)

将来的研究分野 認知言語学理論に基づく言語表現の歴史的変化に対する分析
担当の授業科目 ことばとは、英語コミュニケ-ションスキルズ、英語リーディング

英語を歴史的にみるということ

英語を習いはじめた時、多くの人が、動詞の過去形・過去分詞形を覚えるのに苦労したのではないかと思います。世間一般には、これらの暗記が、いわゆる「英語嫌い」の人を生み出す製造工程のように捉えられてしまっているかもしれません。実際、私を含めて、「動詞の過去形・過去分詞形なんてすべて-(e)d形だけなら簡単でよかったのに」と感じた人は多いと思います。英語動詞の複雑な活用へのこのような不満を少しでも和らげようと、英語の歴史をご存じの先生の中には、次のようなエピソードを披露される方がいらっしゃるかもしれません。「大昔の英語の動詞はもっと複雑な活用をしていたのですよ。だから、今の英語のほうがよっぽど簡単でいいですよ。」

歴史の事実としては確かにその通りです。しかしながら、このエピソードを披露しただけでは、まさに今私たちが抱えている疑問に正面から答えたことにはなりません。それでは、動詞に規則変化をするものと不規則変化をするものがあるという英語の今の姿は、私たちに何を語りかけているのでしょうか。そして、英語の歴史に関する知識は、今の英語を学ぶ際に、どのようにして役立てることができるのでしょうか。

学校の教科書で不規則動詞に分類されている動詞群をあらためて眺めてみると、これらはすべて、中学の教科書に出てくる基本的な動詞ばかりです。高校の教科書に新しく登場し、大学受験などで意味を覚えるのに苦労した経験のある単語は、そのほとんどが規則変化動詞です。中学の教科書に出てくる表現は、専門的な英文を読みこなすことではなく、日常英会話に役立たせることを目的に選ばれていますから、不規則変化をする基本的な動詞は、日常会話で頻繁に用いられるということになります。そして、このような現象を英語の歴史の観点からみてみると、「日常生活の中で極めて頻繁に見聞きする表現の多くは、昔ながらの形をそのまま残している」という原則のようなものがあることがわかります(毎日のように耳にする表現が親から子へ、子から孫へとそのままの形で引き継がれていくというとイメージしやすいかもしれません)。このような原則の存在を裏付ける証拠の1つとして、英語には、burnt/burnedのように、過去形を2種類持っている動詞の使用頻度を挙げることができます。このような2種類の過去形を持っている動詞は、その使用頻度が比較的低いものに限られ、たとえば使用頻度が高いkeptには*keepedのような形はありません(*印は、英語としておかしいということを表しています)。この原則は、英語に限ったことではなく、他の言語にもあてはまります。たとえば日本語でも、私たちは筆を入れていることがほとんどないのに「筆箱」と言いますし、粉を使っている人がほとんどいないのに「歯磨き粉」と言います。日本人の大半が「筆箱」を「ペンケース」に、「歯磨き粉」を「歯磨きぺースト」に言い換えるような状況には、当面はならないような気がします。

私たちのような英語を母語としない学習者はもちろんのこと、英語の母国語話者であっても、必ずしも英語の歴史を知っているわけではありません。しかしながら、私たちがふだん見聞きし学んでいる英語や日本語は、その長い歴史の旅を経て、私たちが生きる現代に流れ着いたものです。そして、個々の表現それ自体に、それぞれがたどってきた歴史が刻まれています。英語や日本語に限らず、歴史を学ぶことの楽しさは、「昔」が「今」とつながっていること、そして、「昔の姿」を知ることによって、「今の姿」をより深く理解できることにあるのではないでしょうか。