南山の先生

学部別インデックス

その他・外国語教育センター

町田 奈々子

職名 教授
専攻分野 日本語学
主要著書・論文 ‘On the Null Beneficiary in Benefactive Construction in Japanese.’(単著)1997年 Japanese/Korean Linguistics, CSLI, Stanford University
日本語の「に」直接受身に関する-考察-無生物主語を持つ場合(単著)2004年 『言語と教育-日本語を対象として』くろしお出版
‘A-chain maturation reexamined: why Japanese children perform better on “Full” unaccusatives than passives.’(共著)2004年 MIT Working Papers in Linguistics.
将来的研究分野 複合述語文のシンタクスと言語獲得
担当の授業科目 「日本語教育文法」

「どうして私におしえてあげないの」

「どうして私に教えてあげないの?」。5才になった頃でしょうか。下の娘はよく言っていました。私がお姉ちゃんだけに秘密を教えたと不服そうな顔をしていたのを思い出します。でも、この文は大人の文としては、ちょっとおかしいですね。「どうして私に教えてくれないの」が正しい文です。違いはいわゆる「やりもらい」の動詞の仲間である「あげる」と「くれる」。上の例では補助動詞としての「あげる」が動詞「教える」の「て形」の後ろについて受益構文を作っています。また、お気づきの通り、これらの動詞はそれ事態でも立派に動詞の働きをし、「友だちにCDをあげた」とか「母がお金をくれた」というふうに使われます。私達は普段意識していませんが、実はこの「くれる」という動詞には、その物の受け手が話し手自身、またはその「ウチ」にあたる人でなければならないという制約があります。「ウチ」というのは、例えば「家族」や「部活」、勤めている「会社」など自分が所属していると強く感じている集団です。例えば、

 ○ A. 「となりのおばさんが弟にお菓子をくれた。」はいいですが。
 × B. 「となりのおばさんが裏のおじさんにワインをくれた」はよくないですね。

Aの場合は、'give' が「弟」という話し手の「ウチ」に向かったものなので正しいのですが、物の移動の方向がBのように外同士であったり、「ウチ」から外に向かって、

 × C.「私がとなりのおばさんにお菓子をくれた。」となると、正しくありません。

日本語を母語とする大人は(無意識ですが)この制約を知識として持っていますから、上記の「どうして私に教えてあげないの?」という文はおかしいと判断することができるのです。5才になったばかりの娘は、まだはっきりと習得できていなかったために間違えてしまったというわけです。

ところで、この「やりもらい」動詞は、日本語を外国語として学んでいる留学生にとっても難関中の難関です。例えば、この「やる」と「くれる」は英語ではどちらも同じ'give'。「ウチ」という概念がわからなければ、正しく使い分けることは困難です。日本語母語話者の子どもと同じような難しさがあるのも興味深いですね。それに最初に紹介したいわゆる受益表現に関してはよく次のような間違いを見かけます。

 × D.「太郎さんは私手伝ってくれました。」ここでの間違いは助詞の「に」。物の交換の時と同じように、

「XがY てくれる/あげる」
というふうに理解してしまったための問題です。ここでは「を」でなければなりません。では、どういう時に「に」が使えるのでしょうか。

 ○ E.「太郎さんが私新しいゲームを教えてくれました。」なら言えそうですね。

一体これはどういうことでしょう。詳しくは実際の授業で聞いていただくとして。

「日本語教育文法」の授業では、このような日本語の文法や意味の問題について丁寧にクラスで教えます。実は日本語の文法といっても、それは高校まで学んだ国文法とはずいぶん違います。日本語を勉強する外国人学習者にとって、わかりやすい文法でなければなりません。またこの文法は、日本語母語話者にとっては無意識な知識ですから、授業では自分たちで例文を作り、自分の知識を確認しながら学ぶことを大切にしています。このような作業をすることによって、学生は日本語学習者からの質問にも柔軟に対応できる力をつけることができるのです。日本語を外国語として教えるための文法は、新しい発見に満ちた分野なのです。