南山の先生

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その他・外国語教育センター

山口 薫

職名 准教授
専攻分野 日本語教育
主要著書・論文 「日本語学習者の認知能力に働きかけるスライド教材の提案」(単著、『南山大学 外国人留学生別科紀要』第5号、2022年)
「認知言語学の観点からみた日本語の常用漢字」(単著、『アカデミア』文学・語学編 第113号、2023年)
将来的研究分野 日本語教授法研究
担当の授業科目 「日本語Ⅰ(文法/読解)」「日本語教育概論Ⅰ~Ⅳ」「言語運用能力論(日本語)」「人間と言語」

学習者の認知能力に働きかける日本語教育

 日本語を母語としない学習者に日本語を教える方法としては、どのようなものがあるでしょうか。「学習者にとって既習の易しい日本語で、やや難しい語彙や文法の説明をする」「英語や学習者の母語に翻訳する」「イラストや写真、ジェスチャーなどで示す」などが考えられます。実際、日本語の授業でこれらの方法がとられることが多いですが、いずれもメリットとデメリットがあります。

 まず易しい日本語を使うと、学習者が早く日本語の語彙や表現に慣れ、日本語で考える習慣がつく、という効果が見込まれます。しかし日本語の初級で扱われる言葉や文法には、実は高度な概念が内包されているものが多々あります。例えば、助詞「は/が」の違いを把握するためには、主題/主格、旧情報/新情報、説明/描写、主節/従属節などの概念を理解する必要があります。このような抽象的な事柄を、易しい語彙や表現だけで学ぶことには限界があります。

 では、英語や母語の翻訳を活用する場合はどうでしょう? 学習者にとって理解しやすいというメリットはありますが、言語によって文法や語彙、表現の仕方などは大きく異なるものです。例えば日本語の「は/が」に相当する助詞は、英語や中国語にはありません。韓国語にはありますが、使い分けの基準が異なるところもあります。このような違いに気付かなければ、熟達した言語使用者にはなれません。

 ジェスチャーも、国によって意味の異なるものが多いし、イラストや写真を見せても、教師が着目してもらいたいと思っているところに学習者が目を向けてくれるとは限りません。情報量が多すぎて、学習者がポイントをつかめないこともあります。

 では、どうしたらいいでしょうか。実は学習者の日本語習熟度や母語に関係なく、どの学習者も等しく持ち合わせているものがあります。それは認知能力です。認知能力とは、周囲の物事を視覚や聴覚で感じ取る能力、具体的な物事を抽象化する能力、複数の物事を比較して類似点や相違点を見つけ出す能力、ある出来事の前後に何が起きた、或いは起こるかを推測する能力、などです。学習者のこの能力に働きかければ、語彙や文法、表現などが日常的な文脈で正確に捉えられるようになると期待されます。そのためには、現実の複雑な状況の中から焦点を当てるべき物事や場面のみを教師が切り取り、適切な言葉や表現とともに学習者に対比的に提示することが効果的です。とはいうものの、通常、教室内でそのようなことを行うのは、大変な困難を伴うか、或いは不可能です。しかしパワーポイントのスライドを活用すれば、季節や時間帯を自由に設定し、日本国内の様々な場を背景とした情景(人、物、事、動物、音声などを含む)を描き出したり日本事情をさりげなく紹介したりすることができます。例えば「は/が」の違いであれば、「テレビのニュースでアナウンサーが第一報を伝えている/そのニュースについて解説を加えている」「現場でリポーターが実況中継を行っている/その出来事の背景を説明している」等の場面が考えられます。また、鳥が左から右へと飛んでいく動きをスライドで作成し、これを見せながら「鳥が飛んでいます。あの鳥は○○です。」といった文を聞かせてもいいです。このような複数のスライドを対比的に学習者に見せることにより、「最初に提示する情報や眼前の状況には「が」を使う」「それについて説明を加える時には「は」を使う」という使い分けを、文脈を通して伝えることが可能になります。媒介語や難解な文法用語を使う必要はありません。学習者が見たり聞いたりしたもの、或いは遭遇するであろうと予測されるものを教材化して練習させることが、適切な言語運用につながると言えます。