77 うれしかったです(2004年10月8日)

朝日新聞に「がっこう2004」という連続コラムがある。その第82回目は「言葉を大切に(3)『1+1』からふくらむ文」と題するもので、その中に次のような部分があった(『朝日新聞』名古屋本社版2004年10月7日付朝刊33面)。

国語の時間、先生は黒板に「1+1」と大きく書いた。「これが作文の基本形だよ」。事実を1行書いたら、気持ちや意見を1行書く。「運動会がありました。うれしかったです」と例文を書く。

小学生の作文では「うれしかったです」「たのしかったです」「かなしかったです」という幼稚な表現をよく見る。最近では大学でもこのような文を書く学生が多い。しかしこの表現は、わたしなどには決して使えないものだ。辞書で確認してみた。

【です】(助動詞)〈体言およびそれに準ずるものに付く〉話し手(書き手)の断定を表わす。(『岩波国語辞典第四版』)
【です】(助動詞)・・・[接続]体言、副詞の一部、助詞「の」「から」「まで」「だけ」「ぐらい」「ばかり」などに付く。(『角川必携国語辞典』)

これらから明らかなように、「です」の前には「体言およびそれに準ずるもの」が来ることになっているのである。形容詞やその過去形は接続できないということだ。「うれしい」あるいはその過去形の「うれしかった」は“体言およびそれに準ずるもの”ではないだろう。「うれしかったです」とは言えないということである。

ところが、これはいまや“正しい”用法として認められているらしい。文化庁から出ている『言葉に関する問答集 総集編』(1996年、pp. 556-7)を見てみると、国語審議会の「これからの敬語」(1952年4月建議)の中に「形容詞と〈です〉」という一項があって、次のように書かれているという。

これまで久しく問題となっていた形容詞の結び方――たとえば、「大きいです」「小さいです」などは、平明簡素な形として認めてよい。

形容詞を丁寧形にするには、「大きゅうございます」「美しゅうございます」というふうに「ございます」を下につける言い方しか認められていなかったのだが、「だんだん一般の人の意識にそぐわなく」なったので、「大きいです」「美しいです」というような言い方が「実際の社会では次第に勢いを得てきた」のだそうである。そういう世間の流れを国語審議会は追認したというわけだ。問答集には、具体的な使用例として次の3つの文が紹介されている。

寒いですよ。二階へお出でなさい。(尾崎紅葉「多情多恨」)
後に是非お出下さいよ。宜しいですか。(尾崎紅葉「金色夜叉」)
あすは波が高いですから、漁船は注意を要します。(ラジオの気象予報)

また、形容詞を過去形で使う場合は、「おもしろいでした」「大きいでした」と言うより、「おもしろかったです」「大きかったです」と言う方が「抵抗が少ないと思われる」と書かれている。冒頭に紹介した「うれしかったです」という国語の先生の例は、まさにこの説明箇所に該当するものだ。

しかし、問答集に紹介されている使用例を見てもわかるように、形容詞に「です」をつけた用法はすべて“会話文”つまり“話し言葉”である。「あなたも読みましたか。あの本はおもしろいですね」とか「きのうは天気がよかったですね」とか、日常会話ではたしかに「形容詞+です(でした)」という言い方をすることがある。しかし問題は、文章語として、たとえばエッセイの中で「きのうは運動会がありました。うれしかったです」と書くかということだ。わたしには書けないし、書かない。

蛇足ながら、冒頭に引いた新聞の記事には次のような文章が続いている。

次は「事実2+気持ち1」を書いてみよう。藤川優梨さんは「きょうはキックベースをした。ヒットを1本打った。楽しかった」と書いた。

藤川さんというのは、もちろん小学生だろう。「楽しかった」と正しい日本語で書いている。先生の指導に従うなら「・・・ヒットを1本打った。楽しかったです」と書くことになる。しかし藤川さんはそうは書かなかった。先生より、ずっとよい日本語だ。