153 首相、「とうしゅう」です・・・ 答弁、度々「ふしゅう」と誤読(2008年11月12日)

少し長いが全文を引用させてもらおう(『朝日新聞』2008年11月11日付朝刊第4面)。

 麻生首相が国会で、戦争責任に関する過去の政府談話を「ふしゅう」する、という答弁を重ねている。参院事務局は「受け継ぐ」という意味の「踏襲(とうしゅう)」のことだと判断して議事録に載せているが、誤読続きに「秘書官が首相に指摘するべきだ」との声も出ている。
 首相は7日の参院本会議で田母神俊雄・前空爆長の懸賞論文問題に絡んで歴史認識を問われ、アジア諸国へのおわびと反省を表明した95年の村山首相談話を「ふしゅう」すると答弁。10月15日の参院予算委員会でも、慰安婦問題で旧日本軍の関与を認めた93年の河野官房長官談話を「ふしゅう」する、と答えた。
 参院事務局によると、首相は外相だった昨年も、河野談話を「ふしゅう」と答弁。外務省に問い合わせて「踏襲」の意味だと確認したことがあるため、10月15日の答弁は議事録に「踏襲」と載せた。7日の答弁も内閣総務官室に確認すると「踏襲」だと即答があり、10日配布の議事録速報版で「踏襲」と直した。(藤田直央)

11月11日、更迭された田母神俊雄・前空爆長が国会に参考人として招致された。委員会では、予想されていたとおり挑戦的な口調で「持論」を展開したそうだ。一方、麻生首相は、航空自衛隊の組織的な懸賞論文応募について記者団に問われても、「組織的にやったという証拠はあるの?」「幕僚長が指示したという裏が取れなきゃ答えられない」「そりゃ、防衛大臣に聞く話で、おれに聞く話とは思いません」などと発言するありさまで、この重大問題を他人事としか考えていないようだ。「おれ」という下品な一人称を用いて(偉くない)自分を偉そうに見せようという姿勢が哀れに思える。

ところで、憲法違反の自衛隊とはいえ、文民統制はきちんとなされてきたと多くの国民は思っていたのではないだろうか。しかし今回、実態はそうではないということが明らかになった。自衛隊のトップは歴史を歪曲してまで自分たちの存在の正当性を主張している。そのうえ、首相はこのざまだ。文民統制などクソ食らえと言わんばかりに、制服組が大手を振って歩いている姿がまざまざと目に浮かぶ。不愉快だし、恐怖さえ覚える。

さて、文頭の3段落に渡る文章に戻ろう。この記事は、「日本国」の首相の「日本語力」がこの程度だということを明らかにしている。「踏襲」という言葉は、政治の世界では日常的に使われているのではないだろうか。もっとも、歳を取るにつれて漢字筆記力が衰えるという事実を考え合わせると、たとえ一国の首相であっても、漢字によっては書けないということは十分あり得る。しかし、それが「読めない」ということは、まず考えられない。今日(11月12日)の新聞を読んでいたら、『これが読めたら「漢字」達人』という本の広告が載っていたが、「踏襲」など「漢字達人」でなければ読めないというようなむずかしい漢字ではない。

日本の恥をさらすようで見苦しいことこの上ない。麻生首相はマンガが好きだといわれているが、マンガには「踏襲」などという漢字は出てこないのであろう。首相の国語力とマンガ好きとの間には何か関連がありそうな気がする。

以下の記述は麻生首相の国語力不足を擁護しようとするものでは決してないことを了解してもらったうえで、つけ加えておきたいことがある。実は、これまでにもエッセーに書いたことがあるように、いまの大学生は本当に日本語ができない。「読めない、書けない」というひどい状態だ。しかし、日本語ができないのは学生ばかりではない。今年の6月9日午後9時のNHKニュースで、アナウンサーが「奇(キ)しくも」と言ったのを聞いたことがある。もちろん正しくは「奇(ク)しくも」だ。この人の誤読についてはその後も聞いたことがある。さらに、このアナウンサーは非常に癖のあるしゃべり方をする人で、「・・・なんですネー」「・・・と思いますネー」「・・・というんですネー」というふうに、文の最後に「ネー」をつけて、しかもそこを強く発音するのである。気持ちが悪いし、正直いって不愉快だ。NHKには、いまやこの程度のアナウンサーしかいないのだろうか。日本語ためにも、早く次の人に代わってほしいと思う。

さらに、日本語ができないのは大学生やアナウンサーだけではない。これも今年、ある会合でどこかの大学教授が「まだオについたばかりで・・・」と話した。この教授は「諸(ショ)に就いた」、あるいは慣用読みで「緒(チョ)に就いた」と言いたかったのだろうということは、話の前後関係から即座にわかった。わかったけれども、また他人のことではあったけれども、恥ずかしかった。確かに「緒」の訓読みは「オ(ヲ)」で、「堪忍袋の緒が切れる」「鼻緒」などと使う。だからこの教授は「緒(オ)についた」と発音するものだと思い込んでいたのであろう。しかし、「緒に就く」というときは「ショ」か「チョ」でないと困る。大学教授といえば、つい最近も、「性質を異(イ)にする」と読み上げた教授に驚ろかされたばかりだ。蛇足ながら、「性質を異(コト)にする」でないとダメである。

日本語の読みというものは、一度間違って覚えるとそれを直すのは容易ではない。誰かに間違いを指摘されるか、あるいは誰かが自分とは違う読み方をするのを聞いて、「あれ、この人、間違って発音しているぞ。・・・いや、自分の方が間違っているのかな」と考えて、「自分の方が間違っていたら大変だから、辞書で確認してみよう!」と思い到るかしないかぎり、読みの間違いは直らない。考えてみれば恐ろしいことだ。

わたしも若い頃、「続柄(ツヅキガラ)」を「ゾクガラ」と読むものと思い込んでいた時期がある。もっとも、幸運なことに人前でそのように発音して恥をかいたということはない。若気の到りとはいえ、いま思い出しても自分の無知に対する恥ずかしさで体中から汗が噴き出してくる。


【追記:ミゾウの誤読】(2008年12月13日)

次の3段落に渡る文章は、『朝日新聞』2008年12月13日付朝刊第4面に掲載された「みぞうゆう」の災害?」と題する記事である。

 麻生首相が漢字を読み間違える例が相次いでいる。母校学習院大で12日、開かれた日中青少年友好交流年の閉幕式でのあいさつで、「ちょうど半年前の今日、四川省で発生した大地震、みぞうゆうの自然災害というものを乗り越えて……」と「未曾有(みぞう)」を「みぞうゆう」と間違えた。
 さらに、日中の交流について、「1年のうちにこれだけ煩雑に両首脳が往来したのは日中関係史上過去に例がありません」。「頻繁(ひんぱん)」を「煩雑(はんざつ)」と間違えたようだ。
 「踏襲(とうしゅう)」を「ふしゅう」と誤読するなど、間違いが目だつ首相。12日、記者団に「んーそうですか。単なる読み間違い。もしくは勘違い、はい」とかわした。

朝日新聞には上のように「未曾有」を麻生首相が「みぞうゆう」と読んだと書かれているのだが、他のメディアによると「みぞゆう」と誤読したと書かれている。後者の方がありそうな誤読のように思えるが【註】、いずれにせよ「未曾有」を正しく読めなかったことには間違いないようだ。さてその「未曾有」であるが、これは「読み間違いやすい字だから気をつけること。『みぞ(う)ゆう』ではなく『みぞう』だよ!」と、よく注意される言葉だ。首相はそんな注意を上の空で聞いていたに違いない。また、「頻繁」と「煩雑」は確かに漢字の形体は似ているが、意味はまったく違う。しかも、この2つの言葉はたいして難しいものではない。それを間違えることのほうがはるかに難しい・・・はずだ。

こんな恥さらしの首相ではもうどうにもならない。笑い話で済ませておくという手もあるが、日本国首相という立場を考えてみても、また若者たちへの教育的配慮ということを考えてみても、このまま放っておくことはよくない。首相の国会答弁や対外的な挨拶はすべて官僚が書いて、漢字にはすべて仮名を振ってやることにすべきだと思う。あるいは、すべてを平仮名で書くという手もある。首相はそれを忠実に読み上げればよいのである。それくらいのことは麻生首相といえどもできるであろう。

【註】11月16日に見たテレビのVTRでは、首相は「みぞうゆう」と読んでいた。朝日新聞が正しいことがわかったのだが、他のメディアはどうしてあれを「みぞゆう」と聞いたのか不思議だ。 (2008年11月17日)