
実は私、中学生の時は「良い」生徒ではなかったんです。親や先生たちを困らせたこともありました(笑)。そんな時、私を真剣に叱ってくれ、親身になってくれた先生がいたんです。その先生との出会いが、自分を見つめ直して変われるきっかけとなりました。今でもその先生にはとても感謝しています。今度は私が教員となり、自ら変わろうとするための一歩、きっかけを生徒に与えられたらと思い、教員を目指すようになりました。
いいえ、全然(笑)。結構、紆余曲折がありましたよ。本当は教育系の国公立大学が第一志望だったんですが、センター試験で失敗してしまって。別の国公立大学と南山大学を受験しました。両方合格したのですが、英語をしっかり学べて、留学制度も充実している南山大学を選びました。

英米学科の授業では、オーラルコミュニケーションが中心で、最初は戸惑いましたね。高校では、外国人の先生との会話中心の授業なんてありませんでしたから。おかげで、2年次の終わりには、結構英語が話せるようになりました。3年次からのゼミ(演習)では、英語教育について学びました。現在の日本の教育法とは異なる英語教育の手法を学んだり、教育実習前には、模擬授業を何回か行ったりしました。英語教育の専門家である先生からのアドバイスもあり、教育実習には余裕を持って臨むことができました。
一度、日本語を使わず全て英語で授業を行ったことがあります。生徒は最初ポカン、としていましたが、「後藤先生、英語しゃべれるんだー」と評判は良かったですね。教員となってからも、1学期に1回くらいは取り入れていきたいと思っています。それには私自身も英語力をブラッシュアップしていく必要がありますが(笑)。
掃除の時間に、おしゃべりばかりして、なかなか掃除をやり始めない生徒たちがいたんですよ。「掃除の時間だから、しっかり掃除しなさい」と、毎日のように声かけをしていました。その場では一応言うことを聞いてくれますが、次の日にはまた同じことの繰り返し。声かけしているこちらも空しくなってきます。ところが、教育実習最終日に、なんとその生徒から「今までありがとうございました。これからはちゃんと掃除やります。」という手紙をもらったんです!涙が出ました。自分がやりたいと思っていた「生徒にきっかけを与える」ということを実感できた、初めての出来事でした。
3年次の2月、春休みに入ってから本格的に勉強を始めました。当初は専門学校に通って対策をしようと思っていたのですが、教員を目指す学生たちのサークル「KON(※)」の先輩から、専門学校に通わなくても合格した先輩がいると聞き、自分でやってみることにしました。
※南山大学学生交流センター所属のコアグループ

合格した先輩から話を聞いて、まずは参考書を購入。自分が受験する自治体の教員採用試験の出題傾向や形式の情報収集をし、その傾向・形式に沿った勉強をしました。1日の最初にその日勉強するノルマを決め、午前は前日の復習をし、午後は決めたノルマを達成するようにしていました。1日に平均7時間ぐらい、大学の図書館で仲間たちと励まし合いながら勉強しました。とにかく、参考書と問題集を繰り返し解きましたね。同じものを10回以上は解いたと思います。その参考書に書いていない内容が他の教材で出てきたときは、その内容を付箋に書いて参考書に貼っていき、自分だけのオリジナル参考書を作り上げました。他の参考書類は後輩に譲る予定ですが、このオリジナル参考書だけは、誰にも譲れません。

サークルの仲間たちと、面接や討論の練習を繰り返しました。お互いに批評し合いながら、どう自分をアピールしたら効果的か、みんなで考えながら練習しました。また直前には、教職科目を担当し、採用試験の面接官をされたこともある岡田順一先生に指導していただきました。私は本来、とても緊張する性格なんです。しかし、繰り返し練習し、サークルの代表として人前で話す機会も多かったので、だんだんと慣れていき、周りからは「話す内容に説得力がある」と言われるようになりました。
水曜午後のサークル活動に向けて、面接練習のための質問リストを作成したり、グループ割を考えたり、事前準備は結構大変でした。また、月に一度「KON通信」の発行もしていました。過去に先輩が一度だけ作成した「KON通信」を、私が月に一度の定期通信にしました。勉強会の予定やみんなへの励ましメッセージなど、内容は多岐に渡ります。

サークルの代表として、「合格しなければならない」というプレッシャーは常にありました。勉強も苦しかったですが、同じ教員を目指す、支え合う仲間がいてくれたおかげで、最後までやり遂げられたと思います。今思えば、サークルの様々な作業はいい息抜きになっていましたね。勉強会のスケジュールを立てたり、KON通信を作ったりすることは、少しの間試験勉強から離れることができ、勉強時間とのメリハリをつけられたと思います。またこういった作業は、教員になってからも、部活動の練習スケジュールを組んだり、学級新聞を作ったりする時に役立つと思います。その練習だったんだと感じています。
意識して行動したことはなかったのですが、振り返ってみると、すべてが教員への夢に繋がっていたと思います。イギリスへ1ヶ月の留学をしたのですが、これは語学力の向上とともに、自分の経験値を上げるためでもありました。生徒には、自分の目で見た、肌で感じた世界を説明したいですしね。また、春休みから行っている中学校でのボランティアも、教員になるために実践的な経験を積み、自分を磨くためです。
朝、先生方と一緒に正門に立ち、生徒に挨拶をするところから始まります。授業担当の先生と簡単な打合せをした後、1〜4限の午前中いっぱい、英語の授業の補助に入ります。授業はメイン担当の先生が教壇で行っていますが、サブの先生方と一緒に教室内を巡回し、質問がある生徒のフォローをしています。
生徒とあまり仲良くなりすぎないように気をつけています。ボランティアといえども、友だちではなく、ひとりの教員として、生徒に接するようにしています。ちゃんと「後藤先生」って言われますよ。質問があると生徒は気軽に呼びつけますけどね(笑)。「友だち以上で、先生よりも身近な存在」といったところでしょうか。ただ、やはり注意すべき時は、きちんと注意するようにしています。
はい。面接では、教職サークルとボランティア活動について、いろいろ質問されました。面接官の方も興味があったようです。ボランティア活動は、サークルの先輩からのアドバイスでやり始めたので、本当に感謝しています。
はい、2つの自治体を受けました。ひとつは、筆記試験の傾向が似ている自治体を、もうひとつは1次試験で面接のある自治体を選びました。この作戦は大成功でしたね。やはり本番は誰しも緊張するものです。特に私は、大学受験の時に本番に弱い、ってことを痛感していましたし(笑)。他の自治体の採用試験であっても、会場の雰囲気やだいたいの流れはそれほど変わらないと考え、チャレンジしました。これは、就職活動をしていた友人から、「就職活動の面接は、場数を踏めばどんどん慣れていく」と聞いていたこともヒントになりました。
地元の中学校で、英語の教員として着任する予定です。
ひとつは、自分が変わるきっかけを中学校の先生からいただいたので、同じように、一歩踏み出せない中学生に対して働きかけをしたいと思ったからです。高校より中学校の方が、礼儀などを含む生徒指導の比重が大きく、その後の人間形成に与える影響も大きな年代だと考えます。もうひとつは、お世話になった当時の先生方と一緒に教育に携わり、少しでも恩返ししたいという気持ちからです。

最後まであきらめず、生徒に働きかけていきたいですね。いつか私の言葉に耳を傾け、何か変わるためのきっかけとしてもらえればと思います。そして、言葉だけでなく、行動で生徒に示していきたいです。私のがんばる姿を見て生徒にはがんばって欲しいですし、その生徒のがんばりを見て、また自分もがんばる。そんな、生徒と教員が互いに刺激し、成長していける関係を築けたらいいですね。
南山大学は教育大学ではないため、教員を目指す学生は、企業へ就職する学生よりも少ないのが現状です。しかし、教員を目指す学生が少ない分、仲間同士の結びつきはどの大学よりも強いと思います。採用試験までの勉強は長く、つらい時期もありますが、同じ志を持つ仲間と切磋琢磨して乗り切って欲しいと思います。最後まで自分、仲間、先生を信じてがんばってください。
(2012年1月)
2012年1月現在

| ごとう しょうご | ||||
| 後藤 彰吾 | ||||
| 外国語学部 英米学科 4年 | ||||
| 2008年3月 | 愛知県立 一宮西高校卒業 |
| 2008年4月 | 南山大学外国語学部英米学科入学 |
| 2010年11月頃 | 教職サークル「KON」の存在を知り、勉強会に参加する |
| 2011年2月頃 | 本格的に教員採用試験の勉強を開始 |
| 2011年7月 | 愛知県教員採用試験 第1次試験 |
| 2011年8月 | 愛知県教員採用試験 第2次試験 |
| 2011年10月 | 愛知県教員採用試験 合格(中学、英語) |
| 2012年3月 | 中学校および高等学校教諭一種免許状 取得予定 |
| 2012年4月 | 愛知県の中学校に英語教員として着任予定 |