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私が勤務するメナード美術館は、日本メナード化粧品株式会社の創業者である野々川大介・美寿子夫妻が中心となって収集した美術品を広く一般の方にご覧いただくため、1987年10月に開館した私立美術館です。ここでの私の仕事は、年に5回ほど開催される展覧会の企画・運営と、それに伴う図録や解説の作成、そして収蔵する作品の管理など。また、現在は学芸課長という立場となり、若い学芸員の指導・育成という役割も加わりました。
※図録:展覧会に出品される作品の写真や解説などを掲載したカタログのこと。
メインとなる仕事は、やはり展覧会の企画と、そのための準備ですね。展覧会には、当館で収蔵する作品をさまざまなテーマで展示する「所蔵企画展」と、当館収蔵の作品を中心に、他の美術館からお借りした作品と併せて展示する「特別企画展」があるのですが、この「特別企画展」では作品をお借りする交渉なども必要になるため、3年前くらいから構想をスタートさせます。開催の決まった企画展の準備を進めながら、「次はどんな企画展にしようか」というアイデアを常に考えているというのが、私たち学芸員の日常です。

企画展のテーマとしては、シャガール(※)やマティス(※)など、作家別に区切ったり、明治・大正・昭和などの時代で区切ったりといったものが多いのですが、“夏”や“女性”など、作品に描かれているモチーフで分類したテーマもあります。収蔵作品の中からできるだけいろいろな作品を見ていただけるように、また、美術にはあまり詳しくないという方にも興味をもってもらえるようにということを意識してテーマを考えるように心がけています。
※シャガール:マルク・シャガール(1887-1985)。ロシアに生まれ、主にフランスで活躍した画家。代表作に『青いサーカス』『Green Violinist』などがある。
※マティス:アンリ・マティス(1869-1954)。フランスの画家。『緑の筋のある女』『ダンス』などの絵画のほか、『ジャズ』などの切り絵作品でも知られる
特別企画展の場合ですと、まずはテーマに沿った展示作品をリストアップするところから作業が始まります。中心となるのは当館収蔵の作品ですが、他館からお借りする作品もありますので、それらについては1年〜半年くらい前までには先方に借用のお願いに伺うことになります。そして展示作品が固まってきたら、図録に掲載する解説文を専門家の方に依頼したり、作品の写真を借りたりしながら、図録の作成を進めていきます。展覧会の2〜3週間には、実際に他館の作品を借りに伺い状態の確認を行ない、搬送、搬入の立ち会い。その後、1週間ほど前から実際の展示作業を行って初日を迎える、というのが一般的な流れになります。作品の搬送・搬入については専門の業者さんに行っていただくのですが、責任者はあくまでも私たち学芸員。搬送のトラックにも常に同乗し、美術館に搬入されるまで、つきっきりで立ち会うというのが原則です。

海外の美術館との作品の貸し借りにおいては、“貸す側の学芸員が現地まで運ぶ”というのが慣例になっています。この役割は「クーリエ」とも呼ばれ、輸送の管理・監督のほか、現地での展示指導までを行います。当館では、アンソール(※)の『仮面の中の自画像』という作品や、ゴッホ(※)、ピカソ(※)などの作品に対して海外の美術館から貸出の依頼が入ることがあり、私も何度かクーリエとして現地に同行しました。飛行機の乗り換えも含め、出発から到着まで2日がかりというような長旅になることもありますが、貨物の輸送専用機にたった一人で乗り込むなど、他の仕事にはない、貴重な体験もできました。美術館にいて、ずっと美術作品に触れている仕事と思われがちな学芸員ですが、意外と外に出ることも、体力を使うことも多い仕事なんですよ。
※アンソール:ジェームズ・アンソール(1860-1949)。ベルギーの画家。文中にある『仮面の中の自画像』など、仮面をモチーフにした作品群で知られる。
※ゴッホ:ヴィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)。オランダの画家。後期印象派を代表する画家の一人であり、『ひまわり』『夜のカフェテラス』などの代表作がある。
※ピカソ:パブロ・ピカソ(1881-1973)。スペインに生まれ、主にフランスで活躍。多彩な作風と作品の多さで知られる。代表作は『アヴィニョンの娘たち』『ゲルニカ』など。
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そもそも大学では、美術ではなく考古学を勉強していました。ただ、その専門性を活かせる仕事に就こうとはまったく考えておらず、普通に地元の一般企業に就職できればという気持ちで就職活動を行っていたんです。そこで、名古屋市に本社があり、女性が生き生きと働いているイメージのあった日本メナード化粧品を志望したところ、履歴書に書いた「学芸員資格取得予定」という項目に目を留めていただき、面接の場でいきなり「今度、美術館をつくるので働いてみませんか」とお誘いを受けたんです。今思えば、何の経験もない新卒者にそんな打診をする会社もおおらかだったな、と思いますが(笑)、私もあまり深くは考えず「はい、美術館で働けるのでしたら、ぜひ」とお返事をして、メナード化粧品への入社と美術館への配属が決まりました。
もちろん、美術館を新規に立ち上げるわけですから、当然私のほかにも学芸員の方がいらっしゃって、その方の下で働くことになるのだと考えていたのですが、いざ入ってみたら学芸員も経験者もおらず、スタッフは館長と私の2人だけ。10月の開館に向けて、収蔵する作品の台帳を手書きで作成しながら、作品名や作家名を一から覚えていくという日々が続きました。開館時にはスタッフ数も5名ほどに増えましたが、台帳作りから作品の搬入、図録の作成に館内の整備と、美術館開館までのひととおりの作業を経験させていただけたことは、学芸員として働いていく上で、とても貴重な学びになりましたね。
新しい美術館にひとりの学芸員ですから、先輩や同僚に教えを請うというわけにもいかず、美術に関する勉強はほとんど独学で進めました。専門書を読んで美術そのものの勉強をするのはもちろんですが、時間があれば全国各地の美術館にも足を運び、企画展のテーマの設定や展示の工夫などを自分なりに学んでいきました。また、美術館というのは作品の貸し借りなどによって横のネットワークが広がっていきますので、お会いした美術館の方にいろいろと教えていただけたこともずいぶん力になりましたね。

現在はスタッフ数も20名ほどになり、後輩の学芸員もできましたが、学芸員という職業に対して描いていたイメージと現実とのギャップに悩む人も多いようです。先ほど申し上げたように、作品の搬送など体力を使う仕事も多いですし、ひとつの美術館を運営していく上では、学芸員もひとりの美術館スタッフとして雑務と言われるような仕事もこなしていかなければなりません。美術への情熱や知識は豊かでも、それだけでは務まらない仕事なんですね。開館時から携わっている者として、すべてのスタッフがこの美術館に愛着をもって、前向きに仕事に取り組んでいけるような環境・雰囲気をつくることが、これからの自分の課題かなと思っています。
美術が好きであるという気持ちが大事なのはもちろんですが、感性のアンテナを広く伸ばし、いろんなものに興味をもって、調べて、実際に見る経験を大切にしてほしいと思います。美術以外の分野の知識が、巡り巡って美術につながることもよくありますから。また、美術館に行くのでも、同じ美術館や同じ作家の作品ばかりを見に行くのではなく、多くの美術館で、多彩なテーマの展覧会を見てみると、それぞれの美術館の個性や、展示の工夫、テーマ設定の妙などが見えてきて、より深く美術館を楽しめるようになると思いますよ。
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もともと歴史が好きだったこともあって、考古学が学べる文学部人類学科(現・人文学部人類文化学科)を志望しました。ゼミは、朝鮮半島や尾張地方の古墳文化がご専門の伊藤秋男先生(南山大学名誉教授)のゼミに所属し、卒業論文では、古墳から出土する鈴のついた鏡=「鈴鏡(れいきょう)」をテーマに選びました。

あまり真面目に勉強する学生ではなかったので大きなことは言えないのですが、今こうして素晴らしい美術品に囲まれながら働けている幸せを思うにつけ、学芸員の資格を取っておいてよかったなとは思いますね。当時の人類学科では大半の学生が学芸員資格を取得するような状況で、「私も取っておこうかな」というくらいの軽い気持ちだったのですが、その後運よく学芸員として採用され、20年以上にわたって働いてくることができました。資格が一生の仕事に導いてくれたと言えるかもしれません。

英語はもうちょっと勉強しておけばよかったなと思いますね。美術品の貸し出しなどで海外の方とやりとりする機会もあるのですが、そのたびに「もうちょっと真面目に勉強しておけば……」と(笑)。これから南山大学で学ぶ方の中にも、ひょっとしたら英語を学ぶ必要性がイメージできない人がいるかもしれませんが、南山の充実した英語教育環境は、ぜひ活用しておくべきだと思います。
まずはこのメナード美術館のスタッフとして、来年の開館25周年、そしてその後の30周年を迎えることですね。それ以上の夢や目標は今のところ考えていませんが、できればどんな立場であれ、開館50周年の節目を、この目で見ることができたらいいなとは思っています。

在学中も、そして卒業してからも感じるのは、南山大学はとても居心地のいい、落ち着いて学べる環境だということ。また、2012年には人類学博物館も新装されるなど、施設・設備の面でもさらに進化していると聞いています。ぜひここで自分が夢中になれる学びを見つけて、充実した4年間をすごしてほしいですね。そして社会のいろんな場所で、“南山の後輩”の皆さんに出会えることを楽しみにしています。
※人類学博物館:G棟地下に、3つの展示室と資料室・学習室を備える南山大学附属の博物館。人類学資料のほか、考古学、民具、生活資料などを収集・展示している。
(2011年7月 メナード美術館にて)